わたしの家は山手のほうへ上ったところだ。牛富先輩と雄先輩とは、ここで解散することにした。
 煥先輩が無言でわたしのカバンを持った。小夜子のカバンは持ってあげてなかった。つい比べて、小さな優越感を覚えてしまう自分が悲しい。
 玉宮駅前の十九時過ぎの人通りは、わりと多い。中学生、高校生、サラリーマン、塾や習い事の小学生、小さな子ども連れのキャリアウーマン。
 視線の痛みに、不意に気付いた。煥先輩に向けられる視線はすべて、ひどく尖っている。
 少し長めの銀色の髪は目立つ。両耳のリングのピアスとも相まって、不良少年だと、一瞬で判別される。
 煥先輩はカッターシャツのボタンを上まで留めていない。赤いネクタイは緩めてある。ブレザーの前を開けている。でも、動きやすさを重視しているからか、ズボンと靴の履き方はきちんとしている。
 これくらいの緩さなら、長江先輩の服装だって大差ない。なのに、印象はだいぶ違う。長江先輩の場合、チャラく着崩しているという印象だ。怖い不良という雰囲気は少しもない。
 煥先輩に、好奇心と恐怖心の視線が遠慮なく刺さる。煥先輩は誰とも視線を合わせずに、ただ前を向いている。
 集団の中で自分の存在は異質だと、お嬢さま扱いのわたしも、体験してきたつもりだった。甘かったんだ。煥先輩の孤立感は、わたしが知っている程度のものではない。
 煥先輩が唐突に足を止めた。
「あいつ」
 道の反対側から長江先輩が歩いてきた。
「おっや~、こんなとこで会うとは奇遇だね。お二人さんはデート?」
「護衛だ。隣町の族に目を付けられてる」
「あー、うん、知ってるよ。緋炎だっけ? 海ちゃんも迷惑してるって言ってたね。ほら、大都高校はお坊ちゃん進学校だから、いいカモにされるらしくて。当然、海ちゃんは返り討ちにしてるけどね」
 海牙さんの名前を出されると、背筋が寒くなる。あの人は怖い。
「返り討ちか。あの強さなら、そうだろうな。海牙もこのへんにいるのか?」
「たぶんいるよ~。嫦娥公園で話すことにしてるからね。きみらも一緒に来てよ」
 昨日の夜、平井さんが予言した。わたしたちは嫦娥公園で話をすることになる。それが今なのかもしれない。
「行かなければいけないんですか? わたしは、考えがまとまりません。混乱していて、ちゃんと話せないです」
 長江先輩が困り顔で笑った。
「二人を連れて来てって言われてんだよね。何でおれがその役目か、わかる? おれ、強制的にきみらを連れてくこともできるの」
「でも、先輩のチカラは、わたしたちには効かないんじゃないですか?」
「号令《コマンド》はね、駅前にいるほぼ全員に効くんだよ。人海戦術で、きみらを拘束できるの。でもさ~、そういうこと、やりたくないんだわ。無関係の人を巻き込むって、いくら何でも心が痛むんだよね~」
 長江先輩が両腕を広げた。武器を持っていない、と示している。
 煥先輩がチラッとわたしを振り返った。わたしはうなずいた。
「嫦娥公園に行きます」
 長江先輩はホッとしたように腕を下ろした。
「んじゃ、行こっか」