夜更かしして勉強した。あれこれ考えてしまって集中できなかった。明け方近くにようやくベッドに入って、三時間くらいで目覚まし時計が鳴った。
 四月十七日。巻き戻しが始まって三日目。もっと長い時間を過ごしているのに、まだ三日目だ。
 朝食のとき、母がわたしの様子に眉をひそめた。
「眠れなかったの?」
「いろいろあって」
「失恋でもしたのかしら?」
「何でもないよ」
 母は機転が利いて、ウィットに富んでいて、話が上手で、そしてプライドが高くて容赦がない。普段は母のこと好きだけれど、会話するのがきついときもある。
「何でもないという顔じゃないわ。恋の悩みじゃないの? それとも、青獣珠のこと?」
 母は先代の預かり手だ。わたしが生まれる前はチカラを使えた。生まれ落ちたわたしが母のチカラを引き継いだから、今の母はチカラを持たない。
 隠し事をよしとしない母に、すべて話してしまおうか。恋の悩みも預かり手の事情も。
 口を開いたところで、声がのどの奥で凍った。わたしが果たすべき役割の重みが、寝不足の頭をガンと殴った。
 己が預かる宝珠に願いを掛けることは禁忌で、ツルギは、禁忌を犯した預かり手を排除するための武器だ。
 違反者はわたしじゃないと言いたい。でも、わからない。もしも違反者がわたしなら、わたしはもうすぐ殺される。そんなこと、母には言えない。
 わたしはフォークとナイフを置いた。
「失恋したみたいなの」
 ありふれた高校生の悩みを口にする。そう、こっちの問題だって、胸が痛い。
「失恋したではなく、したみたいと表現するのは、どういうこと?」
「その人が彼女持ちだって知らずに好きになって、それで、わたしが勝手に自爆した感じ」
「ああ、なるほど」
 母は優雅に紅茶を口に含んだ。年齢より若々しい美貌を誇る母は、貿易会社の会長秘書の仕事をしている。会長というのは、わたしのおじいちゃん。母にとっては実の父親だ。
 おじいちゃんは安豊寺家の入り婿だ。安豊寺家は昔から財力があるけれど、おじいちゃんはそれに頼らず、自力で自分の会社を大きくした。そういうたくましさがあればこそ、おばあちゃんはおじいちゃんに惚れたんだそうだ。
 母はニッコリした。
「早く次の恋に進むことね。略奪しようなんて思っちゃダメよ。略奪愛になびく程度の男なら、惚れてやる価値もないんだから」
 母は強くて美人でブレない。
 大学教授の父もやっぱり入り婿だけれど、おばあちゃんは最初、結婚を許さなかったらしい。父が、おじいちゃんの会社を継がないと断言したから。
 強引に結婚を押し通したのは母だった。既成事実をつくってしまった。つまり、それがわたし。
 今では家族の中にトラブルなんてない。おじいちゃんと父は同じ立場だから仲がいいし、おばあちゃんは父の著書をよく読んでいる。
 わたしは母に笑ってみせた。
「いろいろ、前向きに善処してみます」