昼休み、小夜子からのランチの誘いを断った。長江先輩に、屋上に来るように言われていたから。
お弁当を教室に置いて、青獣珠のツルギのポーチにケータイや財布を入れて、古風ゆかしいパタパタケータイを小夜子に珍しがられてから、わたしはポーチを持って屋上に向かった。
襄陽学園には幾棟もの校舎が連なっているけれど、屋上があるのは本館だけだ。ほかの棟の屋上には太陽光パネルが載っていたり天体観測所が設置されていたり、屋上そのものがなくて景観重視のレトロヨーロッパな屋根だったりする。
本館の北階段はひとけがなくて、昼休みのにぎわいがひどく遠かった。
中学校時代、屋上は鍵が閉められていた。それが普通だと思っていたけれど、襄陽学園は開放されているのかな。
結論としては、屋上はやっぱり鍵を掛ける仕様で、屋上に続くドアのそばに鎖と南京錠が転がされていた。長江先輩はわざわざ、南京錠の鍵と屋上の鍵を両方とも開けたらしい。
わたしはドアを開けた。ぶわっと春の空気が吹き付けてくる。正面に見える青空がまぶしい。
「おお~、鈴蘭ちゃんも来たね」
軽いノリのせりふがわたしを迎えた。レジャーシートを広げた上に、長江先輩が座っている。
わたしは呆気にとられた。
「先輩、何やってるんですか?」
長江先輩は、一人じゃなかった。五人の女子に囲まれている。女子はみんな学年も雰囲気もバラバラで、でも、やっていることは似通っていた。長江先輩に抱きついたり、ひざ枕してもらっていたり、肩もみしてあげたり。とにかく長江先輩にくっついている。
長江先輩は、へらへら笑った。
【屋上プチハーレムへようこそ~。鈴蘭ちゃんもこっち加わってよ】
へらへら笑いの中で、目の色だけは笑っていない。朱く鋭く、光が揺らぐ。チカラを使っているんだと、なんとなく感じた。
「マインドコントロールでしたっけ? 号令《コマンド》? その人たちに何をしたんですか?」
長江先輩が目を閉じた。再び目を開いたとき、朱い光は引いていた。
「やっぱ、能力者相手には効かないね。能力者そのものじゃなく、その家系ってだけで、耐性あるもんな~。文徳には効かないし、親父にも姉貴にも効かないし。あ、ちなみにおれの親父って、襄陽学園の理事長ね。だから、おれ、学校じゅうの鍵のスペア持ってんだよね~」
煥先輩は長江先輩たちから少し離れて、不機嫌そうに腕組みをしていた。
「おい、理仁。いつまで待たせる気だ」
長江先輩がポンと手を叩いた。
【はいは~い、わかったよ。そんじゃ、ハーレムタイムおしまい。みんな、ありがとね。気を付けて教室に帰りなよ? ま、しんどくなったら、またおいで】
声じゃない声で発せられた言葉に、長江先輩にくっついていた人たちがうなずいた。仕方なそうに曇った顔で、屋上から出ていく。
わたしは長江先輩に向き直った。
「あの人たちを操ってたんですか?」
「そう怒らないでよ。無理強いしたわけじゃないよ?」
「でも、ハーレムだなんて、校内であんなくっつき方、異常です。人が本当に見ていないならともかく、わたしも煥先輩もいたのに」
おとなしい印象の人が多かった。スカート丈も長めで、ボタンもリボンもちゃんとしていた。髪を染めた人は一人だけだった。
長江先輩はニッと笑った。
「あれが彼女らの正直な望みだよ」
「嘘でしょう?」
「いやいや、ほんと」
「信じられません。わたしだったら、あんな密着するなんて……」
「恥ずかしくてできない? でも、やってみたくない? 想像してみてよ。おれが相手じゃなくてもいいよ。相手は、例えば文徳とかね。邪魔者がいない屋上で、優しく語りかけてもらったら、心も体も開いちゃわない?」
長江先輩の語り口には、ついつい引き込まれてしまう。チカラの影響を受けなくても、危険だ。長江先輩の口車に乗せられて、つい想像してしまう。
二人きりの屋上。誰にも邪魔されない。憧れの先輩はわたしを拒絶しない。もしそんな夢が叶うなら。
わたしはかぶりを振った。
「変なこと言わないでください」
「変かな? 学校って、楽しいほうがよくない? だから、おれ、あの子らに声かけたんだよね。潤いと刺激があれば、教室にも耐えられるでしょ?」
「どういう意味ですか?」
「授業中の保健室と図書室がナンパスポット」
遠回しな言い方の真意に、ぐるっと考えてからたどり着く。
さっきの人たち、教室にいられないんだ。保健室や図書室で寂しく過ごしていたところに、長江先輩が声をかけた。
「合意の上ってことですか?」
「おれがかけた号令《コマンド》ってね、自分の心に素直になりなよって、そんだけ。彼女らは彼女らの意志で、おれにくっついてたの。おれ、悪いことしてないよ? 話したいって思ってた彼女らに、話す場所と勇気を提供しただけ。おれのチカラ、そういう使い方ができんだよね~」
お弁当を教室に置いて、青獣珠のツルギのポーチにケータイや財布を入れて、古風ゆかしいパタパタケータイを小夜子に珍しがられてから、わたしはポーチを持って屋上に向かった。
襄陽学園には幾棟もの校舎が連なっているけれど、屋上があるのは本館だけだ。ほかの棟の屋上には太陽光パネルが載っていたり天体観測所が設置されていたり、屋上そのものがなくて景観重視のレトロヨーロッパな屋根だったりする。
本館の北階段はひとけがなくて、昼休みのにぎわいがひどく遠かった。
中学校時代、屋上は鍵が閉められていた。それが普通だと思っていたけれど、襄陽学園は開放されているのかな。
結論としては、屋上はやっぱり鍵を掛ける仕様で、屋上に続くドアのそばに鎖と南京錠が転がされていた。長江先輩はわざわざ、南京錠の鍵と屋上の鍵を両方とも開けたらしい。
わたしはドアを開けた。ぶわっと春の空気が吹き付けてくる。正面に見える青空がまぶしい。
「おお~、鈴蘭ちゃんも来たね」
軽いノリのせりふがわたしを迎えた。レジャーシートを広げた上に、長江先輩が座っている。
わたしは呆気にとられた。
「先輩、何やってるんですか?」
長江先輩は、一人じゃなかった。五人の女子に囲まれている。女子はみんな学年も雰囲気もバラバラで、でも、やっていることは似通っていた。長江先輩に抱きついたり、ひざ枕してもらっていたり、肩もみしてあげたり。とにかく長江先輩にくっついている。
長江先輩は、へらへら笑った。
【屋上プチハーレムへようこそ~。鈴蘭ちゃんもこっち加わってよ】
へらへら笑いの中で、目の色だけは笑っていない。朱く鋭く、光が揺らぐ。チカラを使っているんだと、なんとなく感じた。
「マインドコントロールでしたっけ? 号令《コマンド》? その人たちに何をしたんですか?」
長江先輩が目を閉じた。再び目を開いたとき、朱い光は引いていた。
「やっぱ、能力者相手には効かないね。能力者そのものじゃなく、その家系ってだけで、耐性あるもんな~。文徳には効かないし、親父にも姉貴にも効かないし。あ、ちなみにおれの親父って、襄陽学園の理事長ね。だから、おれ、学校じゅうの鍵のスペア持ってんだよね~」
煥先輩は長江先輩たちから少し離れて、不機嫌そうに腕組みをしていた。
「おい、理仁。いつまで待たせる気だ」
長江先輩がポンと手を叩いた。
【はいは~い、わかったよ。そんじゃ、ハーレムタイムおしまい。みんな、ありがとね。気を付けて教室に帰りなよ? ま、しんどくなったら、またおいで】
声じゃない声で発せられた言葉に、長江先輩にくっついていた人たちがうなずいた。仕方なそうに曇った顔で、屋上から出ていく。
わたしは長江先輩に向き直った。
「あの人たちを操ってたんですか?」
「そう怒らないでよ。無理強いしたわけじゃないよ?」
「でも、ハーレムだなんて、校内であんなくっつき方、異常です。人が本当に見ていないならともかく、わたしも煥先輩もいたのに」
おとなしい印象の人が多かった。スカート丈も長めで、ボタンもリボンもちゃんとしていた。髪を染めた人は一人だけだった。
長江先輩はニッと笑った。
「あれが彼女らの正直な望みだよ」
「嘘でしょう?」
「いやいや、ほんと」
「信じられません。わたしだったら、あんな密着するなんて……」
「恥ずかしくてできない? でも、やってみたくない? 想像してみてよ。おれが相手じゃなくてもいいよ。相手は、例えば文徳とかね。邪魔者がいない屋上で、優しく語りかけてもらったら、心も体も開いちゃわない?」
長江先輩の語り口には、ついつい引き込まれてしまう。チカラの影響を受けなくても、危険だ。長江先輩の口車に乗せられて、つい想像してしまう。
二人きりの屋上。誰にも邪魔されない。憧れの先輩はわたしを拒絶しない。もしそんな夢が叶うなら。
わたしはかぶりを振った。
「変なこと言わないでください」
「変かな? 学校って、楽しいほうがよくない? だから、おれ、あの子らに声かけたんだよね。潤いと刺激があれば、教室にも耐えられるでしょ?」
「どういう意味ですか?」
「授業中の保健室と図書室がナンパスポット」
遠回しな言い方の真意に、ぐるっと考えてからたどり着く。
さっきの人たち、教室にいられないんだ。保健室や図書室で寂しく過ごしていたところに、長江先輩が声をかけた。
「合意の上ってことですか?」
「おれがかけた号令《コマンド》ってね、自分の心に素直になりなよって、そんだけ。彼女らは彼女らの意志で、おれにくっついてたの。おれ、悪いことしてないよ? 話したいって思ってた彼女らに、話す場所と勇気を提供しただけ。おれのチカラ、そういう使い方ができんだよね~」