ライヴの後、回避しようもなく、亜美先輩と一緒にコンビニへ行くことになった。煥先輩の視線が刺さってくる。
 文徳先輩と煥先輩の家庭事情を聞いた。一緒に料理をしようと誘われた。わたしの震える声が、亜美先輩に尋ねた。
「瑪都流のバンドの皆さんは、付き合ってる人、いるんですよね?」
「煥以外はね。牛富も雄も中学時代からの彼女がいて、あたしと文徳の仲も親公認だし」
 亜美先輩の照れた笑顔。一度目とは会話の流れが違うけれど、事実は一つも揺るがない。
「うらやましいです……」
 文徳先輩の彼女だなんて、うらやましい。
 亜美先輩はリュックサックを下ろした。伸縮式の警棒を取り出す。
 コンビニの狭い駐車場に、二台の真っ赤なバイクがある。バイクに寄りかかってタバコを吸っていた二人の赤い特攻服が、ニヤッとして近寄ってくる。
 亜美先輩がわたしを背中にかばった。
「あいつら、緋炎だ。隣町のクズ連中ね。あたしたちのメンバーが集まるライヴのときは、さすがに姿を見せないと思ってたんだけどね」
 すかさず戦闘態勢に入った亜美先輩に、緋炎の二人が挑発してくる。総長の嫁、という一言が再びわたしの胸に突き刺さる。
 亜美先輩はほんの数秒で、男二人を叩きのめした。
「口ほどにもない」
 わたしは笑顔をつくってみせた。こぼれそうな涙をごまかして上を向く。夜空に月がある。十四日のほぼ丸い月。
 ポーチの中で青獣珠は沈黙している。刺せ、と騒いだりしない。
 前のときは確かに聞こえたのに。ほとんど忘れていた夢の中の声を、鮮やかに思い起こすことができたのに。
 あれはなぜだったんだろう?
 誰に訊くこともできない。月に尋ねてみたい。ねえ、あなたですか? 強すぎる願いをわたしに思い出させたのは、月の光?
 胸が痛い。心が冷え切って縮こまっている。わたしのしたことが間違いだったと断言した煥先輩の怒りが、わたしを戒めている。
 これでよかったんだ。きっと。
 北口広場のほうへ歩き出してすぐ、文徳先輩が電信柱の陰から出てきた。その後ろに、煥先輩もいる。文徳先輩は笑顔で拍手した。
「さすが亜美だな。見事な剣捌き、恐れ入った」
「見てたわけ? さっさと助太刀に入ってよね」
「女剣士に見惚れてたんだよ」
「何だよ、それ?」
「たまには惚気《のろけ》てみようかと」
「しょうがないやつ」
 文徳先輩と亜美先輩の隣が並んで立つと、二人ともスラリとして背が高くて、カッコよくてステキだった。
 煥先輩が不機嫌そうに言った。
「飲み物は尾張兄弟に買いに行かせた。いくら亜美さんが強いからって、安豊寺も一緒にいるだから危ねぇよ。敵の数が多かったら、ケガしてたかもしれない」
 瑪都流にとって、わたしはお荷物だ。ケンカなんかしたことないし、音楽も料理も何もできない。
 亜美先輩が苦笑いした。
「今回はちょっと油断してたよ。次からは煥にも声かける。鈴蘭の護衛は、煥に任せるね」
「は? 何でオレなんだ?」
「あんたがいちばん強いでしょうが。それに、預かり手の事情もあるんでしょ?」
 文徳先輩がにこやかに命令した。
「決定だな。煥が鈴蘭さんの護衛をしろ。期間は、緋炎の襲撃の心配がなくなるまで。且つ、四獣珠の件が解決するまで。いいな?」
 煥先輩がそっぽを向いた。
「オレに選択権はねえんだろ?」
「素直に『はい』と言えないのか?」
「…………」
「ついでに、もう一つ」
「何だよ?」
「鈴蘭さんのこと、苗字で呼ぶのはやめろ。おまえ自身、白虎の伊呂波を名乗るのはチカラに縛られるみたいで嫌いなんだろ?」
 煥先輩が長々と息を吐いた。
「鈴蘭、でいいのか?」
 いきなり呼ばれて、わたしの胸がドキッと跳ねた。煥先輩の特別な声のせいで、自分の名前が特別なふうに聞こえてしまった。