白が、赤く染まっていく。
 花嫁のドレス。ブーケの白いバラ。花婿のタキシード。祭壇の白い床。誓いの言葉をしたためた書面。
 祝福の白が鮮血の赤に染まっていく。
 花嫁が倒れ伏した拍子に、結い上げた髪が崩れた。この日のために初めて髪を伸ばしたと言って、花嫁は照れていた。普段は男よりも男前な彼女だが、ドレス姿は花のように美しかった。
 見開かれた花嫁の両目に、命の光はない。
 そしてまた、花嫁のそばにうつ伏せた花婿も動かない。
 手足のスラリとした長身に、整えられた栗色の髪の花婿は、柄にもなく緊張していると苦笑いでうつむいて、弟にからかわれた。それがほんの数十分前の出来事。
 動揺が恐慌に変わり、悲鳴と怒号が飛んでくる。
 わたしへと飛んでくるのだ。
 手にしたツルギが脈打った。足りないと言っている。願いを実現するための「代償」が足りない。
 そう、物語を始めるにはエネルギーが必要だ。
 願ったのは、わたし。確かに、わたしは言った。「何でも差し出すから」と。
 銀色に輝くツルギに血がしたたる。ツルギはひとりでに持ち上がる。
 さあ、次なる代償を。
 薄々わかっていた。こうなるのではないかと気付いていた。
 なぜなら、わたしは知っているから。宝珠が、すなわちツルギが、代償として何を求めるか。この世において最も重い価値を持つ代償とは何か。
 運命の一枝《ひとえだ》を書き換える。それを願ってしまったとき、流血のウェディングが幕を上げた。宝珠が求めた代償は、命だ。
 ごめんなさいね。だけど、動き出した願いはもう止められないのよ。
 ツルギがきらめく。「預かり手」であるわたしの細腕を、やすやすと導いて。
 さあ、願いに必要なだけの代償を、早くツルギに、宝珠に与えよ。しからば、汝のかくる所の願い、必ずや叶えられん。
「やめろ!」
 しなやかで尖ったあの声が言った。
 黒髪をひるがえして振り返れば、彼がいる。
 彼はツルギの前に両腕を広げて立った。銀色の髪、金色のまなざし。誰よりもいとしい人が、わたしをまっすぐに見つめている。
「お願い、そこをどいてください。この一枝は、きっと正しくない。より幸福な未来がほかにある。だから、一度リセットさせて。必ず、わたしが幸せな未来を創るから」
 彼の背後で幼子が泣き出した。その子がいる限り、彼はツルギの前をどかない。
 ああ、なんて残酷な未来。
 ツルギが焦れている。かけられた願いは叶えなくてはならない。さあ、早くせよ。早く語り起こすのだ。
「ええ、そうね」
 これは、一つの終わり。正しくない未来の終わりの光景。
 けれども、月が欠けては満ちるように、月が沈んでは昇るように、未来を司る運命の一枝は次こそ正しく育つでしょう。
「わたしが正しい未来を選ぶの。わたしがあなたと幸せになるのよ」
 狂気的なほどの情熱は、あくまで純粋であるがゆえに。
 動き出したチカラは止められない。ツルギが彼の胸に吸い寄せられていく。
 手応えがあった。
 奇跡のチカラが発動する。