夕暮れどきを川沿いで過ごすのが好きだ。五月に入って、気候も温かくなった。
 川沿いは、芝生敷きの広場だ。平日の昼は、年寄りや主婦の散歩コース。休日になれば、子どもらの遊び場。
 でも、昼間だけだ。西日が差し始めると、変わる。すっと、ひとけがなくなる。
 左耳のイヤフォンが鋭いギターを鳴らした。フィニッシュを待たずに、オレは音楽プレイヤーの電源を切る。
 感じる。気配と音を。
 バイクのマフラー音は、まだ遠い。足音が近い。オレは振り返った。赤い特攻服の連中がいた。ざっと数える。十三人。
 オレの背後から忍び寄る予定だったらしい。それより先に、オレが気付いた。連中は開き直った。走って距離を詰めてくる。手に手に武器を持っている。
 あの悪趣味な赤は、隣の町のやつらだ。
「煥、あいつら面倒だぜ! 気を付けろ!」
 背の高い男がオレに注意を促しながら、駆けてくる。少し遅れて、二人。全員、襄陽の生徒だ。オレは背の高い男に向き直った。顔を見たことある気がする。
「キョトンとするなよ、煥。去年も今年も同じクラスだろうが! 順一だよ、尾張順一」
「あ、そう」
「クールだな、相変わらず。後ろのは、妹分の寧々と弟の貴宏だ」
 赤服の連中が、間合いを挟んで立ち止まった。真ん中の男がリーダー格らしい。ニヤニヤしながら口を開いた。
「瑪都流の銀髪野郎に、烈花の残党! 締めてぇやつらが揃ってやがる! ラッキーだな、おい!」
 順一がニヤリとして、ささやいた。
「共同戦線ってことで、いいか?」
「信用できるんだな?」
 河原の土手の上に、見慣れたシルエットが現れた。けっこうな人数だ。先頭の男がオレに声をかける。
「読みが当たったよ。煥と元・烈花の三人の四人が集まるところに緋炎が来るはず。それも、多勢に無勢を狙った総力戦でな」
 ああ、そういえば、赤服の連中は緋炎とかいう名前だった。緋炎のリーダー格がわめき散らす。
「瑪都流の生徒会長さまは姑息だよな! つねに罠を仕掛けてやがる! しかも、自分の弟を餌にするか?」
 そのツッコミは、オレも入れたい。今回、オレは何も知らされてなかったぞ。
 バイクのマフラー音が近付いてくる。姿が見えた。川沿いを、下流のほうから走ってくる。土煙が凄まじい。さいわい、こっちが風上だ。
 ふと、別の方角から、一台近付いてくる音。オレは土手の上を仰いだ。バイクが止まった。ひょいとバイクから降りる男に、兄貴が片手を挙げる。
「援軍か?」
「そういうことだ」
 一人きりの援軍がオレたちと合流した。明るい色の髪に、垂れ目の男だ。瞳は朱い。
「初めましてだね~。おれ、長江理仁。文徳のタメで、親友だよ。よろしく~」
 軽いノリのしゃべり方が、なんか疲れる。
 緋炎の大量の増援も、バイクを止めた。わらわらと、陣を組み始める。人数だけは、そこそこいる。ザコばっかりみたいだが。
 土手から身軽に近付いてくる男がいる。グレーの詰襟。緩く波打った髪。目は緑がかっている。彫りの深い顔立ちには笑みがある。
「ずいぶん戦力差があるみたいですね。加勢しましょうか、瑪都流の皆さん?」
 兄貴が首をかしげた。
「きみ、確か大都の阿里海牙くん?」
「あれ、知ってました?」
「全国模試で一桁順位だろ」
「そう言う伊呂波文徳くんこそ。このへんでは、有名人ですよね」
 次々と現れる、わけのわからないやつ。オレはうんざりしてきた。
「その大都の優等生が、今ここに何の用だ?」
「だから、手伝いたいんですよ。緋炎には迷惑してましてね。大都の生徒と見れば、カツアゲしてくるんです。ぼくは、よく反撃して遊んでるけどね」
「遊んでる?」
 大都の優等生は飄々《ひょうひょう》と笑った。
「優等生も、ムシャクシャすることがあるんです。たまにはこうして息抜きしないとね」
 瑪都流と、奇妙な援軍たち。一定の間合いを挟んで、隣町の族、赤い特攻服の緋炎。にらみ合いが始まる。さあ、どこから攻めようか。
 そのときだった。横合いから声が割り込んだ。
「あなたたち、何をしているの!」
 女の声。よく通る声だった。キレイな響きに、一瞬、気をそがれた。姿を見た。襄陽の制服を着ている。着方がまじめだから、進学科か?
「って、おい、こっちに来るな!」
 女が、すたすたと近寄ってくる。オレたちと連中の間に割り込むみたいに。
 兄貴と、チラッと目配せした。兄貴がオレに無言でうなずいた。オレは女のほうへ駆け出す。緋炎のほうからも男が三人、陣を外れて、その女に向かっていく。
「危ねぇだろうが! 下がってろ!」
 オレは女を背中にかばって、緋炎の連中を、まとめて蹴り飛ばした。
 オレの背中に、手が触れようとした。迫る気配にとっさに反応して、払いのけた。軽すぎるような手応え。
「痛っ」
 女の声。しまった、と気付く。小柄な女がまっすぐにオレをにらんだ。
「いきなり暴力的なことをするなんて。あなた、ちょっと失礼ですよ!」
「今のは、すまん。ただ、オレに触ろうとするな。苦手なんだ」
 にらんだ目が、くるっと表情を変えた。驚いた、みたいな。
 まともに、その女の顔を見た。オレも驚いた。
 黒くて長い髪、白くて小さな顔。作り物かよ? と思うくらい完璧な顔立ち。でも、違う。生き生きと輝く、大きな青色の目。まっすぐな怒りの表情。ふと視線を惹きつけられた唇は柔らかそうで、オレは思わず息を呑んだ。
 なつかしい。
 いや、違う。会ったことはない。名前も知らない。
 なのに、なぜ?
 見つめ合ったのは一瞬だった。オレは女の手を握る。迷いはなかった。瑪都流の陣のほうへと、女を連れていく。
「こっちだ。じっとしてろ。守ってやるから」
 守る――その響きも、なぜか、なつかしい。