海牙が、冷静な目を理仁に向けた。
「きみの具体的な考えは? どうやって運命を変えようというんですか?」
 理仁が朱獣珠を拳に握り込んだ。そのまま握り潰してしまいたいかのように。関節が白く浮き出すくらい、力を込めて。
「朱獣珠が大っ嫌いなおれだから思い付いたんだ。こいつに願うんだ。運命を変えるための時間跳躍《タイムリープ》をしたい、ってね。代償は、それ相応の質量を持った存在。つまり、こいつだよ」
 理仁が拳を掲げた。拳の内側に、朱獣珠がある。
 師央が、あっと声をあげた。
「四獣珠を代償にする。つまり、四獣珠を破壊するんですね? 確かに、それだけは、どのループでも試してません。四獣珠を巡る争いが繰り返されてるんですから」
 鈴蘭が胸に手を当てた。首から提げた青獣珠が、服の内側にあるはずだ。
「でも、四獣珠を失ったら、わたしたち預かり手の能力も失われますよ? このチカラは、四獣珠を守るためなんだから」
 理仁は笑い飛ばした。
「いらねーよ、こんなチカラ。あのね、意外と不便なの。本気になったらさ、勝手に出んだよ。好きな子とキスしたいとか、おれは思うだけ。相手のほうから勝手にしてくるの。おれが無意識に号令《コマンド》しちゃってるの。むなしーんだよ、こんなの。おれはマジで恋がしたい。マジの友達がほしい。文徳しかいなかった。寂しかったんだよ!」
 いつの間にか、理仁の顔に笑いはない。
 海牙が、軽く右手を挙げた。
「ぼくも、それに乗った。玄獣珠と能力、手放します。同感ですからね。ぼくは、物理も数学も、誰よりも得意です。視界を埋め尽くす数値と数式のおかげでね。でも、それじゃ、つまらない。チカラはなくていい。本当の自力で、ぼくは世界最高の物理学者になりたい」
 鈴蘭がうつむいて、うなずいた。
「わたしは、わかりません。青獣珠を守るように言われてきたのに、それを失くしてしまうなんて。でも、未来を救うことができるなら、運命のこの一枝をループから解放できるなら、わたしもやります。力になりたい」
 オレは左の手のひらに、右の拳を叩きつけた。パシン、と小気味いい音が鳴る。
「決まりだな。理仁の案でいこう。一か八かだ。でも、可能性がある。やってやろうぜ」
 師央が泣き笑いの顔をした。
「皆さん、ありがとうございます!」
 オレは師央の栗色の髪をくしゃくしゃにした。
「全員の命が懸かってるんだ。おまえだけじゃない。全員を救うんだ」
 でも、オレがいちばん守りたい命は、おまえだ。師央。おまえの命を守るために、おまえの幸せを救うために、オレは、みんなで生きたいと思う。
 理仁が拳を開いた。朱獣珠がきらめいた。
「んじゃ、最初はおれの朱獣珠でいい? 能力もセットで消えるわけじゃん? 時間跳躍《タイムリープ》先、たぶんバトルだよね。ってことは、おれがいちばん役立たずなわけで。だって、敵は正木と世良だもんね」
 鈴蘭が、ぶんぶんと首を左右に振った。
「わたしがいちばん役立たずです! わたしがみんなを時間跳躍《タイムリープ》させ……」
「スト~ップ、鈴蘭ちゃん。きみがいなきゃ、話にならないって」
「どうしてですか? わたし、足手まといですよ」
 海牙が理仁の肩に手を載せた。
「ぼくも、リヒちゃんに賛成です。時間を跳んだ先に、鈴蘭さんは不可欠ですよ。傷を癒してもらわないといけないからね」
「傷を、癒す?」
「おそらく跳ぶ先は、ぼくらが死ぬ地点です。未来からきた師央くんも、一度立ち寄ってる。あの地点が運命の改変に重要なのは確実です」
 鈴蘭が、かぶりを振った。
「でも、それなら、わたしじゃなくても。師央くんは何でもできるし、四獣珠に願えば、どんな傷も治せるし」
「師央くんのコピーは完璧じゃありません。四獣珠は、できる限り残しておきたい。代償としていくつ必要か、わからないんですから」
 鈴蘭が青い目を見張った。
「わたしが、役に立てる。わたしにも、できることがあるんだ」
 理仁がニヤニヤした。オレと鈴蘭を交互に見る。
「ま、もう一つ、大仕事があるけどね~。無事に運命を変えて帰って来る。そんでもって、元気な男の子を産む。あっきーとの愛の結晶をね」
 鈴蘭がみるみるうちに赤くなるのが、薄暗い中でもよくわかった。オレ自身、一瞬で顔が熱くなったから。
「バ、バカ、ふざけんなよ、理仁!」
「ふざけてないよ~? 至って真剣な話じゃん。ねえ、師央?」
 師央が笑いながらうなずいた。
「ほんとです。理仁さん、二人をくっつけてくださいね」
「もちろん!」
「ぼくも陰ながら応援しようかな」
「海牙さんも、ありがとうございます」
 勝手なこと言いやがって! オレが理仁を締め上げようと思ったとき、理仁が師央の肩を抱いた。
「元気でな、師央」
「理仁さんも、ぼくのこと、忘れないでくださいね」
「襄陽に入学してこいよ。おれ、親父を追い落として理事長になるから」
 そうだ。運命の改変がうまくいったら、十五歳の師央は、オレたちの高校生活に戻ってこない。
 理仁は、師央の頭をわしわし撫でた。それから、朱獣珠をつまんだ。
「聞け、朱獣珠。おれの声に応えろ」
 朱い宝珠の中心に、光が宿る。光は鼓動する。
 理仁が、祈るように目を閉じた。
「おれの願いを聞け。運命の一枝を変えるために、ループする不幸を取り去るために、おれたちが笑って過ごせる未来のために、四獣珠の預かり手を跳躍させろ。時間跳躍《タイムリープ》して、未来へ。願いの代償は、朱獣珠!」
 朱獣珠の光が一瞬、収縮した。そして、圧倒的な勢いで弾けた。朱獣珠が四散する。
 オレは、存在そのものを吹き飛ばされた。