海牙が兄貴を追って駆け出した。オレは鈴蘭と師央をカルマの店内に押し込んだ。
「ここにいろ。オレが迎えに来るまで、絶対に出るな。誰も立ち入らせるな」
 鈴蘭がオレにすがりついた。青い目に涙が浮かんでいる。
「イヤだ! 先輩、またケガしちゃう。わたし、待ってるだけなんて!」
 オレは鈴蘭を引き剥がした。
「ここにいろ。師央、鈴蘭を任せる。身を守るときは号令《コマンド》を使え。下手に戦おうとしなくていい」
「煥さん、でも、ぼく……」
「これから先は、オレたちのケンカだ。暴走族だなんて肩書をほったらかしにしてたツケが回ってきた。おまえたちには関係ない。巻き込んで、すまない」
 師央がうなずくのを見届けて、オレは二人のもとを離れた。
 怒号の飛び交う戦場へと走りながら、自分の言葉と心境の意味を考える。本気で思ったんだ。鈴蘭と師央をオレたちの私闘に巻き込んで、そんな事態を作った自分に腹が立った。
   ――合わせる顔もない――
   守り通す力も持ち合わせないのに。
   ――平穏に生きられたら――
   そのために今、何ができる?
 混ざってる。この気持ち、今のオレのものじゃなくて。
 これは、遠くない未来。
 痛みが麻痺した意識。薄れる視界、音。冷えていく体。絶望に沈みながら、オレは願う。
   ――愛してる――
   一緒に生きたい。
 未来が見える。運命の一枝に異変が起きてるのか? 正木が未来の白獣珠を奪って行ったから?
 思考が迷走しかける。でも、考えても仕方ない。目の前には戦場。意識を切り替えなきゃいけない。オレは混戦の集団に向けて吠えた。
「緋炎、テメェら! オレの仲間にナメたことしてんじゃねぇよ! 瑪都流を潰したけりゃ、オレを倒せ! やれるもんならな!」
 だてにヴォーカルやってるわけじゃない。オレの声は空気を震わして響き渡る。そこここのケンカが一瞬、止まる。その隙を突いて響き渡る別の声。
【緋炎の臆病者は逃げていいぜ!】
 理仁だ。弾かれたように、緋炎の下っ端が悲鳴をあげて逃げ出した。
 殺気むき出しの連中がオレに向かってくる。
「覚悟しろ、銀髪の悪魔ぁぁぁっ!」
 やけっぱちだな。声が裏返ってる。
 オレは気息を整えて身構える。体の興奮を高めて、意識は冷静に保つ。醒めた心で戦う。自分の痛みにも相手の痛みにも目を向けずに。
 仲間を守るためにできることは、一つ。勝ち続けること。
 ケンカはハッタリだ。強気で押す。礼儀も型も必要ない。向かってくるやつを蹴散らす。余計なことは考えない。下がるより、踏み込む。かわすより、突っ込む。拳や足だけじゃなく全身が武器だ。オレの体は誰よりもよく動く。
 敵が怯む。オレの銀色の髪と金色の目に怖気づく。そう、ケガしたくなけりゃ逃げな。
 兄貴と背中を預け合う。オレたちは最強だ。勝てないケンカなんてない。