海牙が跳躍した。オレは後ろ手に障壁《ガード》を出現させる。世良の銃弾が海牙を追って、下から上へ。オレの障壁《ガード》に四発、手応えがある。障壁《ガード》の内側で鈴蘭が頭を抱えた。
 兄貴も飛び出した。銃弾をかいくぐって床を転がる。世良との距離が近い。マイクスタンドをつかんで、世良に投げつける。
 世良が飛びのいた。その背後に、海牙が回り込んでいる。
「高校生をナメないでもらいましょうか。戦闘訓練を受けた大人の世良さん?」
 そこまでを横目で確認して、オレは正木に向き直った。正木は狙撃《スナイピング》を止めた。歪んだ笑みはそのままだ。
「世良一人に、二人がかりか。ちょっと力量不足かもしれんぞ? 世良は肉弾戦でも強い」
「ほざいてろ」
「きみは一人で私を食い止める気か?」
「ああ。オレだけで十分だ」
「確かに、きみの障壁《ガード》は想像以上に強固だ。認めるよ。私のピストルよりは強い。ピストルよりは、な」
 正木が両手を前方へ突き出した。手のひらの正面で、暗がりが凝縮していく。デカい。さっきまでの銃弾とは比べ物にならない。凝り固まった闇は、砲弾だ。
「食らえ!」
 ピストルなんかじゃない。正木はキャノンを撃ち込んできた。
 至近距離。
 障壁《ガード》に、凄まじい衝撃を受ける。白い光が弾ける。破れない。オレの障壁《ガード》は砲弾さえ焼き尽くす。
 でも、オレ自身が耐え切れなかった。障壁《ガード》を繰り出した格好で弾き飛ばされる。数段下の通路に叩き付けられる。受け身を取り損ねた。体じゅうを打った。無理やり立ち上がる。
 鈴蘭が叫ぶ。
「煥先輩っ! 大丈夫ですかっ!?」
 正木のキャノンが再びオレを狙っている。
「もう一度、吹っ飛んでみるか?」
 痛めつけることを楽しんでる顔だ。こいつ、出世欲だけが襲撃の動機じゃねぇな。相手をいたぶることに喜びを感じてやがる。
 オレは手のひらにチカラを集める。正面から受けたんじゃ、勢いにやられる。受け流すか? どこに向けて流せばいい? ステージ上では、兄貴と海牙が世良と戦っている。
 パスッ!
 唐突に、軽い破裂音が聞こえた。サイレンサー付きの銃を撃ったときのようにかすかで、勢いのある音。
 正木が目を剥いた。
「な、何……?」
 正木の砲弾が、不発のまま宙に散る。愕然と見開いた目が、師央を見下ろした。師央は右手を突き出して、人差し指を正木に向けている。
 正木が胸に触れた。防弾チョッキを途中まで破りかけたモノつまみ出す。銃弾だ。師央が震える声をあげた。
「つ、次は心臓を撃ち抜きます。ぼくは、本気です」
 正木が笑い出した。
「なるほど、師央くんは隠し玉というわけか。いや、実に手強いね。私の能力をコピーするとは。しかし、発射できるのかな? どうした? 狙いが定まっていないぞ?」
 師央は、声だけじゃなく全身を震わせている。正木が一歩、師央に近付く。
「く、来るな!」
「覚悟が足りないね、師央くん。戦う覚悟。人を殺す覚悟。さっきは煥くんを守ろうと必死だったみたいだが、さて、こうして改めて銃を構えると、どうだ? 怖いだろう? その迷う心で、引き金が引けるのか?」
 オレは通路の床を蹴った。椅子を踏み倒して駆け上がる。
 正木がオレへ片手を突き出した。闇色の銃弾が次々と撃ち出される。まるでガトリング砲だ。オレは障壁《ガード》を展開する。突っ込む勢いが鈍る。
 正木が、師央に近付く足を止めた。師央の人差し指の先が正木の服に触れている。
「どうした? 撃たないのか?」
 師央は動けない。正木が動いた。
 正木は片腕で師央の胸倉をつかんで持ち上げた。オレへの砲撃が止む。空いた正木の手は、師央の胸元を指差す。
「ここまでだ。もう少し楽しませてもらいたかったな」
 正木が、ぐるっとオレたちを見渡した。世良が、兄貴と海牙から跳び離れた。
 師央が正木の手に触れた。次の瞬間、正木は師央を投げ落とした。
「阿里くんのコピーをするつもりだったかな? あの馬鹿力を発揮されては面倒なんだよ」
 背中を打ち付けた師央が咳き込む。正木は膝をついて、師央の腹に手のひらを押し当てる。
「動くなよ。誰が動いても撃つぞ」
 正木は師央のシャツのボタンを千切った。鎖をつかんで舌打ちをする。人差し指で銃を作る。
 銃声。
 鎖が千切れた。正木が立ち上がる。手に、白く輝く宝珠がある。
「これが白獣珠か。美しいものだな。代償と引き換えに、願いを叶える。その業の深さが、この輝きを生むのか」
「返しやがれっ!」
 オレは飛び出す。突っ込むには距離があった。正木は難なく逃れて、通路を駆け下りる。追撃はかなわない。世良の狙撃を、障壁《ガード》を展開して防ぐ。その隙に正木が逃げる。
 兄貴が世良に飛びつこうとして、よけられた。正木が振り返りざま、発砲する。兄貴と海牙が、転がって避ける。世良が離脱する。
「くそッ、テメェら、待て!」
 追いすがって、出入口の真正面で息を呑む。正木が突き出した両手の前に、黒々と凝り固まった巨大な砲弾がある。
 正木が笑う。砲撃が来る。
 手のひらにチカラが燃える。障壁《ガード》を展開する。
 被弾の衝撃。一瞬遅れて、爆発の衝撃。
 障壁《ガード》は割れなかった。だからこそ、まともに爆風を受けた。吹き飛ばされる。床に叩き付けられる寸前、抱き止められた。海牙だ。
 天井が降ってくる。鈴蘭の悲鳴が聞こえた。痛みも音も、ひどく遠い。闇が迫ってきた。オレは意識を失った。
 不甲斐ない。師央を守れなかった。白獣珠を奪われてしまった。
   ――その日は、やがて再び――
   オレが、また負けるってのか?
 未来の記憶が、うなずいた。