「煥っ!」
 兄貴たちが駆け戻ってきた。さっきまでの笑顔はない。緊張が走る。そして。
 パンッ!
 二度目の銃声。ガラスの砕ける音。暗くなる店内。オレはとっさに体を低くした。素早く状況を確認する。
「ライトを撃ってる。スナイパーは、店内のどこかにいる」
 店内がだんだんと騒がしくなる。混乱と恐怖が広がり始める。この空気、マズい。
 パンッ!
 三度目。悲鳴があがる。聴衆の大半が席を立つ。出入口へと意識が集まる。
 そのとき、外側から出入口が蹴り開けられた。赤い特攻服の集団がそこにいる。緋炎だ。逃げ出そうとした聴衆たちが立ちすくむ。
 特攻服の先頭に立つ男が吠えた。
「袋のネズミってやつだな、瑪都流! 総力戦だ。この店ごと、ぐるっと囲ってるぜ。取り巻きも全部まとめて始末してやるよ!」
 緋色の狂犬、と呼ばれる男だ。暴走族、緋炎の総長。ギラギラと殺気立つ長身で、棘を生やした鉄バットを引っ提げている。
 薄暗い中でも、兄貴が青ざめるのが見える気がした。
「あいつら、正気かよ? ここにいる全員、巻き込むつもりか? そんなことしたら、自分らだってヤバいはずだ。自滅する気か?」
 そして、また。
 パンッ!
 銃声、暗闇、悲鳴。海牙が鋭くささやいた。
「見えた! ステージに向かって右の隅にいます」
 海牙が示したほうへ視線を走らせる。いる。ただ一人、冷静にたたずむ黒服の男。右手が銃を持っているのかどうか、ここからじゃ見えない。顔もよくわからない。
 オレは舌打ちした。
「三度目の襲撃ってわけか」
 男が顔を上げた。額にヤケドの痕がある。据わった目をしている。見覚えがあった。
「あいつ、平井の屋敷にいた」
「ええ。世良昌平ですね」
「海牙、気付いてたのか? 銃での襲撃があいつの仕業だと?」
 うなずいた海牙は、早口でささやいた。
「気付いてました。でも、前回は意図がわからなかった。予測はできても、確信が持てなかった。あの後、少し調べました。世良さんには、絶対服従の兄貴分がいる。正木竜清《まさき・りゅうせい》という男です。手っ取り早く功績を挙げたいと焦ってる人でね。今、総統が四獣珠を欲しておられるから、正木さんは四獣珠を狙ってるんです」
 理仁が口を挟んだ。
「正木ってやつ、能力者だよね? こないだ、おれの号令《コマンド》が効かなかったもん」
「ええ。彼の能力は狙撃《スナイピング》。今回も近くにいるでしょうね」
「ついでに訊くけど、正木ってやつ、緋炎を買収してるっしょ? 警察の動きを封じてやるとか、上手な条件で。だから、緋炎の連中、なりふり構わず襲撃してきた。そーだよね?」
 理仁は、最初に会った日にオレたちに忠告した。緋炎が買収されたらしい、と。買収した母体がわからない、とも言っていた。
 海牙がうなずいた。
「全面的に、リヒちゃんの予測どおりですよ」
「伊呂波家を探ってたのは?」
「師央くんの正体をつかむため、でしょうね」
 兄貴が、すっと動き出した。ステージへと降りていく。緋色の狂犬も、世良も、兄貴を見ている。
 追いかけそうな亜美さんを、牛富さんが押さえた。オレも飛び出そうとして、阻まれた。理仁と海牙だ。
「あっきーのバトルは、そっちじゃない。世良ってやつ、ちゃんと見てなきゃ」
「文徳くんは撃たれませんよ。文徳くんのことは、緋炎に任せてあるはずです」
 緋色の狂犬が兄貴に向けて吠える。口汚く兄貴を罵りながらの宣戦布告。対する兄貴は静かな顔をして、冷たい怒りをたたえている。
「一般人を解放しろ。決着なら、その後でキッチリつけてやる」
 緋炎が一斉に嘲笑った。
「正義漢気取りとか、あり得ねぇよな、おい!」
 静まり返っていた店内に、誰かのか細い悲鳴。それが引き金となって、悲鳴が連鎖する。
 マズい。パニックになる。
【そんな顔すんなって、あっきー。おれの出番だよね~】
 頭の中に直接響く声に、ハッとして理仁を見る。理仁の両目に朱い光がともっていた。ニッと笑った唇が、動いた。
【全員、聞け!】
 理仁の全身から気迫が噴き出した。思わず身構えるほどの、暴風みたいな気迫。店内が、水を打ったように静まり返る。
【おれに注目しろ!】
 理仁がステージへと歩いていく。店内のすべての視線が理仁に吸い寄せられている。理仁は兄貴の肩をポンと叩いた。
【ここはおれに任せとけ】
 その響きは、柔らかかった。それから改めて、理仁は号令《コマンド》を発動した。
【全員、戦うな! 武器を捨てろ! 表に出るぞ! おれについて来い!】
 師央が、ほぅっと息をついた。
「能力者とそうでない人を分けたんですね。これで緋炎の動きは抑えられる」
 理仁が歩き出す。出入口をふさぐ緋炎の集団が、さっと左右に割れた。一人、二人と、理仁について歩き出す。寧々が困惑の声をあげた。
「何これ? 体が勝手に……って、ヤバいじゃん! 戦わなきゃなのに、ちょっとぉっ!」
 師央が寧々の肩を、そっと押した。
「大丈夫です。今は理仁さんの号令《コマンド》に従ってください。ここは危険だから、外に出て」
 理仁が声を張り上げた。普通の声だ。
「十五分ってとこだよ、文徳! おれが支えられるのは十五分。それまでに、打開策、見付けといて」
「わかった」
 理仁が、ぐるりと店内を見回した。まっすぐに右手を掲げる。
【さあ! おれについて来い!】
 理仁の右手は、まるで旗印だ。誰もが旗印に引き寄せられて動き出す。ぞろぞろと、ほとんど声もなく。
 師央が眉をひそめた。
「理仁さん、無理してますね。不特定多数への号令《コマンド》は、負担が大きいはずです。逃げ出したい人たちへの号令《コマンド》は楽だろうけど、戦おうとしている緋炎までまとめて封じてる。大丈夫かな?」