師央が自分自身を抱きしめて座り込んだ。鈴蘭が師央のそばにかがむ。
「師央くん、大丈夫だよ。わたしたちが守る。方法を探そう? 師央くんが望む一枝は、絶対に消させない。今のこの一枝に、すべてを支配なんてさせない」
 理仁がささやくように言った。
「この一枝は、そんなにヤバいのか?」
 海牙は黙って、かぶりを振った。わからない、という意味だ。
「ぼくに分析できるのは、三次元の力学のみです。運命の質量を分析できるのはただ一人、総統だけなんですよ。ぼくは、直接には何も見えない。でも、ヤバいそうです。四獣珠が、因果の天秤と言っているでしょう? それの均衡が狂うと、運命の一枝が揺さぶられて危険らしい」
「物理学者の海ちゃんが、曖昧なこと言うじゃん?」
「ええ。自分でも、現状が気持ち悪くてね。だから、総統にすべて預けることができずにいる。総統やその周囲のチカラを持つ人々を観察して分析しながら、ぼくは、ぼく自身の結論を探してるんです」
 チカラを持って生まれて、チカラを持て余して、海牙も迷って悩んで生きている。
 と。
 突然。
「誰かがいる」
 第六感に、ザラリと引っ掛かった。巧妙に隠された気配と、そこから漏れ出した一縷の殺気。
 オレと理仁と海牙が同時に、外側を向いて身構えた。
 その瞬間、来た。
 理仁と海牙の相中の空間だった。オレは手のひらを突き出した。光が飛んだ。障壁《ガード》が生まれた。
 ビシビシッ、ビシッ!
 障壁《ガード》に銃弾が衝突した。焼け焦げて、はらはらと落ちる。
 海牙が吐息でささやく。
「狙撃!」
「最近で二度目だ」
 同じ方角から再び銃弾が飛んでいた。今度は合計四発。
「見覚えのある銃弾です」
「見えるのか、あれが?」
「ぼくの力学的《フィジカル》な目にはね」
 断続的な銃撃。一ヶ所からだ。おそらく二人以上。狙いが正確だ。師央だけを狙っている。
 障壁《ガード》に銃弾が衝突する。そのたびに、純白の光が弾ける。障壁《ガード》の形が一瞬だけ、夜の暗がりに映える。正六角形だ。
 理仁が短く、深い息を吸った。号令《コマンド》を発する。
【動くな!】
 ぶわり、と理仁から噴き出す気迫。波紋を描いて、拡散する号令《コマンド》。
 銃撃のリズムが変わった。飛んでくる銃弾の数が半分になった。
 理仁が唇の端を持ち上げる。
「二人だね。で、片方は一般人、もう片方は能力者。ここからの距離は百五十メートルってとこ。二人まとまって行動してるっぽいね」
 師央が理仁を見上げた。
「人数や距離がわかるんですか?」
「わかるよ。おれの号令《コマンド》は、超音波的な何かみたいでさ~。要するに、レーダーとして使えるってこと」
 海牙が説明を補った。
「号令《コマンド》は、リヒちゃんを中心に、同心円状に広がる。号令《コマンド》を聞く対象の場所と形が、反響として察知できる。そういうことですね?」
「たぶんそれ。で、おれの号令《コマンド》は能力者には効かないわけだけど、二人まとめてこの場から追っ払うくらいならできるよ」
 理仁がオレたちにウィンクした。銃弾が飛んでくる方角に向き直る。
【聞け、狙撃者】
 発せられた号令《コマンド》は限定的で、的が絞られたぶん、気迫の密度が高い。理仁の目が朱っぽく輝いた。拳がきつく握られている。明るい色の髪が逆立つ。
【おれの命令に従え、狙撃者。銃を捨てろ。おまえのそばにいる能力者を拘束せよ】
 弾道がブレた。オレは二枚目の障壁《ガード》を展開する。
 ビシッ。
 海牙の目の前で銃弾が粉砕した。もう一発、あらぬ方向に飛んでいく。
 理仁が舌打ちした。
「抵抗しやがる」
「狙撃者が、あんたの号令《コマンド》に?」
「ああ。マインドコントロール系のチカラの波動に慣れてるぜ、こいつ。上等じゃん?」
 理仁の目が、さらに強く輝いた。
【拘束せよ! そして、連れ去れ! おれたちの前から、立ち去れ!】
 理仁は宙をにらんでいた。拳がわなわなと震える。息が上がり始めている。狙撃はすでに止んだ。オレには状況が読めない。障壁《ガード》を展開したまま待つ。
 理仁が小さく笑った。子どもをあやすように言う。
【そうだ、それでいい。さっさと行くんだ】
 それきり、しばらく無言だった。誰も何もしゃべらない。波が港に寄せる音が聞こえた。遠くから、車が走り交わす音も聞こえた。
 時間が経った。三分か、五分か。正確にはわからない。理仁が息をついて、しゃがみ込んだ。
「もう大丈夫だよ、あっきー。障壁《ガード》、消していいよ」
 ぐったりした声だった。鈴蘭と師央が、慌てて理仁のそばに寄る。
「長江先輩、大丈夫ですか!?」
「理仁さん?」
 理仁は下を向いたまま、軽く右手を挙げた。
「悪ぃ悪ぃ。ちょっと疲れただけだから。イヤな条件が重なっててさ。遠隔で、無理やりで、具体的指示で、しかも抵抗が強い相手で。てか、あーぁ、おれ弱いよね。平井のおっちゃんのチカラを見せつけられた後だし。なおさら凹むゎ」
 チカラを使いすぎたときの絶望的な疲労感は、わかる。体が冷たくなって、二度と浮かび上がれない場所に沈んでいくようで、精神的にも、転がり落ちるみたいに衰弱する。
 オレは理仁の正面に片膝をついた。何か言いたい。
「理仁、助かった。ありがとう」
 結局、うまく言えない。
 理仁が目を上げた。脂汗の浮いた顔で笑った。
「今、おれ、すっげー嬉しい。あっきーからお礼言われるとか。あっきーって、シャイで口下手でしょ? 言葉での感情表現、全然しないんだと思ってた」
 理仁がオレの前に拳を突き出した。一瞬、意味がわからない。遅れたリズムで理解する。オレも拳をつくる。
 乾杯するみたいに、理仁と拳をぶつけ合った。理仁は、師央とも鈴蘭とも海牙とも、同じことをする。
 タフだな、こいつ。そう思った。