食事の後、ファミレスを出て、少し移動した。海際の道を走って埠頭に至る。夜の海に、ぽつぽつと、港の明かりが落ちている。
二台のバイクのスタンドを立てた。オレは自分のマシンに軽く寄りかかる。理仁は愛車にまたがっている。海牙はローラースケートを履いたままだ。鈴蘭と師央を三人で囲う形を取っている。
海牙が夜空を見上げた。オレもつられて仰向く。真上に近いところに、明るい白い星がある。織姫星、だったと思う。
「総統のお話、率直に、どう感じました? 四獣珠を預ける気になりましたか?」
師央が問い返した。
「海牙さんは、預けないんですか?」
「様子見を続けています。ぼくが総統と出会ったのは、偶然でした。奨学金の出資者が総統だったんです。ぼくが玄獣珠の預かり手と知ったとき、総統はおもしろがっておられました。私にも予測がつかない未来があるのだ、って」
鈴蘭が小首をかしげた。
「最初は、四獣珠は平井さんの眼中になかった? でも、今は事情が変わったってこと、ですか?」
「半月前ですよ、急に総統が四獣珠のことを口に出されたのは。その理由は、今日初めて直接うかがいました。運命の一枝が重くなったから、と」
理仁が軽く挙手した。
「その『重い』って言い方さ~、わかんなかったんだよね。どーいうこと?」
「総統が以前、運命という名の大樹のことをお話しくださったんですよ。ぼくの趣味に合わせて、物理学的な言葉でね」
「海ちゃんてば、いい趣味してるね~。お手柔らかに説明してもらえる?」
海牙はひとつ苦笑いして、話し出した。
「運命という大樹は、多数の枝を持っている。枝分かれの可能性は、至るところにある。これは先ほども言ったとおりです。でもね、枝は、多数ではあっても無数ではない。運命の大樹に支えきれる『質量』には限界があるんです」
鈴蘭が確認した。
「質量は、重さのことですよね? この一枝が重くなったのは、質量が増えたっていう意味ですね?」
「ええ、そういうことです。比喩表現だけどね。大樹が支えきれる質量が10だとします。質量1の枝が十本あるのはセーフ。でも、そのうちの一本が質量2になったら? 質量は必ず整数だと仮定したら?」
師央が答えた。
「質量が0になる一枝が出てくる。つまり、一枝が消滅するわけですね」
海牙はうなずいた。
「運命の大樹は、そうやって全体の質量のバランスを取っています。質量の大きい枝に呑まれるようにして、質量の小さい枝は消える」
理仁が眉をすがめた。
「まーだわかんない。質量の大きい小さいは、どこで決まるの?」
海牙は表情を消して答えた。
「人間の感情エネルギーによって決まります。これも比喩表現だけど、感情エネルギーを数値化するんです。その数値が高ければ、質量が大きくなる。逆もまた然り。最も質量の大きい状況、想像できますか?」
緑がかった海牙の目が、オレたちを見渡す。オレには、わかる気がした。
「人と人が争う状況、か?」
「正解です。感情エネルギーは、負の値のほうが強く現れやすい。怒り、悲しみ、憎しみ。そんな負の感情エネルギーに満ちた状況が、質量の大きい一枝の特徴です」
師央が声を震わせた。
「じゃあ、消滅しやすい一枝は、負の感情エネルギーが少ない状態? 平和で、幸せな世界?」
それこそは、師央が望んでいるはずの一枝だ。
海牙は淡々と説を並べていく。
「簡潔にまとめると、こういうことです。争いの多い一枝は質量が大きい。平和で質量が小さい一枝を呑み込む可能性がある。そして今、ぼくたちが存在するこの一枝は、半月前から異様に質量が大きくなっている。総統が危機感を覚えるほどに。さらに、今なお、質量は増え続けている」
師央が色を失っていく。オレは海牙に詰め寄った。
「どうして、この一枝がさらに重くなる? 師央と関係あるのか?」
「あると思いますよ。勘のいい煥くんは、本当は気付いてるでしょう? 未来から、五つ目の四獣珠と五人目の能力者が現れた。それ以来、質量のバランスが狂い出した」
そうだ。師央がオレの目の前に現れたあの日から、何もかもが変わり始めた。オレを取り巻く学校生活。知らないはずの未来の記憶。いつしか信じ始めたオレの余命。
できることなら、この運命をねじ曲げたい。師央の生きる未来を救いたい。
海牙が冷静に数え上げる。
「現在に存在しないはずの師央くんが存在すること、四つであるはずの四獣珠が五つになったこと、師央くんが未来からの制約を引きずっていること、未来を変えたいと願う思念が強すぎること。この一枝が異様に大きな質量を持つのは、いくつもの要因が重なっているんでしょうね」
あの平井が不安そうだった。それを思い出したオレは、ある可能性に気付いて、ゾッとした。
「運命の大樹の質量が10だとして、一枝だけで10になったとしたら、どうなる? ほかの枝がすべて消えるんだよな? だったら、もしも一枝が10を超えてしまったら?」
海牙はあっさりと答えた。
「大樹そのものが崩壊しますね」
二台のバイクのスタンドを立てた。オレは自分のマシンに軽く寄りかかる。理仁は愛車にまたがっている。海牙はローラースケートを履いたままだ。鈴蘭と師央を三人で囲う形を取っている。
海牙が夜空を見上げた。オレもつられて仰向く。真上に近いところに、明るい白い星がある。織姫星、だったと思う。
「総統のお話、率直に、どう感じました? 四獣珠を預ける気になりましたか?」
師央が問い返した。
「海牙さんは、預けないんですか?」
「様子見を続けています。ぼくが総統と出会ったのは、偶然でした。奨学金の出資者が総統だったんです。ぼくが玄獣珠の預かり手と知ったとき、総統はおもしろがっておられました。私にも予測がつかない未来があるのだ、って」
鈴蘭が小首をかしげた。
「最初は、四獣珠は平井さんの眼中になかった? でも、今は事情が変わったってこと、ですか?」
「半月前ですよ、急に総統が四獣珠のことを口に出されたのは。その理由は、今日初めて直接うかがいました。運命の一枝が重くなったから、と」
理仁が軽く挙手した。
「その『重い』って言い方さ~、わかんなかったんだよね。どーいうこと?」
「総統が以前、運命という名の大樹のことをお話しくださったんですよ。ぼくの趣味に合わせて、物理学的な言葉でね」
「海ちゃんてば、いい趣味してるね~。お手柔らかに説明してもらえる?」
海牙はひとつ苦笑いして、話し出した。
「運命という大樹は、多数の枝を持っている。枝分かれの可能性は、至るところにある。これは先ほども言ったとおりです。でもね、枝は、多数ではあっても無数ではない。運命の大樹に支えきれる『質量』には限界があるんです」
鈴蘭が確認した。
「質量は、重さのことですよね? この一枝が重くなったのは、質量が増えたっていう意味ですね?」
「ええ、そういうことです。比喩表現だけどね。大樹が支えきれる質量が10だとします。質量1の枝が十本あるのはセーフ。でも、そのうちの一本が質量2になったら? 質量は必ず整数だと仮定したら?」
師央が答えた。
「質量が0になる一枝が出てくる。つまり、一枝が消滅するわけですね」
海牙はうなずいた。
「運命の大樹は、そうやって全体の質量のバランスを取っています。質量の大きい枝に呑まれるようにして、質量の小さい枝は消える」
理仁が眉をすがめた。
「まーだわかんない。質量の大きい小さいは、どこで決まるの?」
海牙は表情を消して答えた。
「人間の感情エネルギーによって決まります。これも比喩表現だけど、感情エネルギーを数値化するんです。その数値が高ければ、質量が大きくなる。逆もまた然り。最も質量の大きい状況、想像できますか?」
緑がかった海牙の目が、オレたちを見渡す。オレには、わかる気がした。
「人と人が争う状況、か?」
「正解です。感情エネルギーは、負の値のほうが強く現れやすい。怒り、悲しみ、憎しみ。そんな負の感情エネルギーに満ちた状況が、質量の大きい一枝の特徴です」
師央が声を震わせた。
「じゃあ、消滅しやすい一枝は、負の感情エネルギーが少ない状態? 平和で、幸せな世界?」
それこそは、師央が望んでいるはずの一枝だ。
海牙は淡々と説を並べていく。
「簡潔にまとめると、こういうことです。争いの多い一枝は質量が大きい。平和で質量が小さい一枝を呑み込む可能性がある。そして今、ぼくたちが存在するこの一枝は、半月前から異様に質量が大きくなっている。総統が危機感を覚えるほどに。さらに、今なお、質量は増え続けている」
師央が色を失っていく。オレは海牙に詰め寄った。
「どうして、この一枝がさらに重くなる? 師央と関係あるのか?」
「あると思いますよ。勘のいい煥くんは、本当は気付いてるでしょう? 未来から、五つ目の四獣珠と五人目の能力者が現れた。それ以来、質量のバランスが狂い出した」
そうだ。師央がオレの目の前に現れたあの日から、何もかもが変わり始めた。オレを取り巻く学校生活。知らないはずの未来の記憶。いつしか信じ始めたオレの余命。
できることなら、この運命をねじ曲げたい。師央の生きる未来を救いたい。
海牙が冷静に数え上げる。
「現在に存在しないはずの師央くんが存在すること、四つであるはずの四獣珠が五つになったこと、師央くんが未来からの制約を引きずっていること、未来を変えたいと願う思念が強すぎること。この一枝が異様に大きな質量を持つのは、いくつもの要因が重なっているんでしょうね」
あの平井が不安そうだった。それを思い出したオレは、ある可能性に気付いて、ゾッとした。
「運命の大樹の質量が10だとして、一枝だけで10になったとしたら、どうなる? ほかの枝がすべて消えるんだよな? だったら、もしも一枝が10を超えてしまったら?」
海牙はあっさりと答えた。
「大樹そのものが崩壊しますね」