平井の部屋を出たときには、もう夜だった。夕食をどうか、と天沢に訊かれた。そんな気分じゃなかった。申し出を断って、邸宅を後にした。
県境の高原から下っていく。帰るだけだから、案内はいらない。海牙はオレの左肘をつかんでいた。バイクと並走するローラースケート。人目のない道を選んで走る。
見慣れた町まで降りてきた。ファミレスの明かりを見付ける。理仁がオレたちに声をかけた。
【腹、減ってないかい? どうせなら、みんなでディナーしようぜ】
異論はない。合図して減速する。ファミレスの駐車場で、それぞれ家に連絡を取った。
店に入ると、鈴蘭が目を輝かせた。
「わたし、こういうお店、初めて! 家族とも友達とも来たことなかったの!」
師央も、おずおずと微笑んだ。
「ぼくも実は、ほとんどないんです。伯父さん一家と一緒に、隠れるようにして住んでて、あまり外出しなかったから」
理仁が頬を掻いた。
「ふぅん。おれは一時期、めっちゃ使ってたけどね~。うち、姉貴がいるんだけど、全っ然、料理できない人だからさ~」
意外だ。理仁は金持ちの放蕩息子のはずだが。
海牙が、波打つ髪を掻き上げた。
「ぼくは一人では来るけどね。人と来たことは、今までなかったな」
それぞれ適当に注文をする。オレは量重視のセットメニュー。かなり腹が減っていた。バイクを走らせるのは消耗する。
店員が去った後、師央のジト目に気付いた。
「何だ?」
「ほっとくと、野菜食べませんよね。栄養が偏りますよ。ビタミン、ミネラル、食物繊維。野菜からしか摂れないものもあるんです。帰ったら、野菜ジュース作りますから」
オレはげんなりする。人前でそんなこと言うなよ。
案の定、理仁がニヤニヤした。
「鈴蘭ちゃん、大変だね~。師央は料理上手だから、あっきーの舌が肥えちゃうよ」
「な、何がどう大変なんですか? 煥先輩の舌とわたしと、関係ないし」
師央が、しれっと爆弾を落とす。
「鈴蘭さん、大丈夫です。今度、一緒に料理しましょう。日曜日でどうですか? うちに昼ごはんを作りに来ませんか?」
うちにって、おい!
「師央、勝手に何言ってんだ! 第一、オレは日曜の昼はバンドの練習だ」
「えーっ? 誰も煥さんのために、とは言ってませんよ?」
「あ」
「でも、せっかくだから、晩ごはんにします? 鈴蘭さんに作ってもらって一緒に食べて」
「か、勝手にしろ!」
「やったー! ってことで、鈴蘭さん、日曜の夕方いいですか?」
鈴蘭が悲鳴をあげた。理仁が爆笑するのは予想の範囲内だが、海牙も声を殺して笑っている。目尻に涙まで浮かべていた。
「おい、笑いすぎだ」
「すみません……くくっ」
舌打ちして、そっぽを向く。
と、通路越しに、隣のテーブルの連中と目が合った。全員、女。イヤな感じがした。ぐるっと、にらみを利かせる。さっと視線をそらす女が、やたら多い。
理仁がソファにもたれて脚を組んだ。オレに人差し指を振ってみせる。
「そ~んな怖い顔しちゃダメじゃん。せっかく女の子たちが目の保養してたのに」
「下らねえ」
「そーいう硬派な不良タイプのあっきーと、チワワ的な子犬系男子の師央と、知的でクールな笑顔の海ちゃんと、甘くて気さくで優しげなおれと。各種揃ってんだもんね~」
師央が栗色の頭を掻いた。
「ぼくはともかく、文徳さんがいたら完璧ですよね。大人っぽくて、頼れる雰囲気で」
鈴蘭まで話に乗っかり出した。
「文徳先輩もだけど、亜美先輩もね。キリッとして凛々しいイケメン系美女でしょ? 女の子のファンが多いの。それこそ目の保養って、寧々ちゃんも言ってる」
「え? でも、寧々さんの好きな人って……」
「うん、尾張くんだよ」
「全然タイプ違いますけど」
「本命と観賞用は別腹なの」
そんなもんなのか? 微妙に気分悪い言い方だな。
海牙がいきなり笑い出した。
「あははっ、煥くん、わかりやすいですね! 顔に出るんだな、意外と」
最近ひたすら、からかわれてる。頭痛がするような反面、胸がくすぐったい。
今まで、オレに絡んでくるのは兄貴だけだった。瑪都流のメンバーさえ、一線引いている。いや、垣根を作ってるのはオレのほうか。両親の件もあって、心配かけてばっかりで、どうしても遠慮してしまうから。
だけど、今オレを囲んでる連中。鈴蘭、師央、理仁、海牙は、オレに言いたい放題だ。銀髪の悪魔ってレッテル、怖い不良って評判のはずのオレが相手なのに。
「おーっ? 今、あっきー、ちょっと笑った?」
「ふって、柔らかい顔しましたよね」
「だよね、見たよね、師央」
理仁と師央のやり取りを受けて、海牙と鈴蘭がオレの顔をのぞき込む。
「残念、ぼくは見逃したな」
「わたしも見てません」
笑い方なんて思い出せない。顔の筋肉を動かそうとして、眉間にしわが寄ってしまう。
「見世物じゃねぇんだ。じろじろ見るな」
オレが何か言うたびに。
「クールだね~、あっきーは」
「煥さんを見ていいのは鈴蘭さんだけだそうです」
「師央くん! わ、わたしは別にそんなっ」
「あっ、リヒちゃんのドリア、来ましたね」
いちいち、にぎやかだ。これが日常ならいいのに、と不意に思った。儚い願いだと気付いている。運命が動き始めていることを、白獣珠と胸騒ぎが告げているから。
県境の高原から下っていく。帰るだけだから、案内はいらない。海牙はオレの左肘をつかんでいた。バイクと並走するローラースケート。人目のない道を選んで走る。
見慣れた町まで降りてきた。ファミレスの明かりを見付ける。理仁がオレたちに声をかけた。
【腹、減ってないかい? どうせなら、みんなでディナーしようぜ】
異論はない。合図して減速する。ファミレスの駐車場で、それぞれ家に連絡を取った。
店に入ると、鈴蘭が目を輝かせた。
「わたし、こういうお店、初めて! 家族とも友達とも来たことなかったの!」
師央も、おずおずと微笑んだ。
「ぼくも実は、ほとんどないんです。伯父さん一家と一緒に、隠れるようにして住んでて、あまり外出しなかったから」
理仁が頬を掻いた。
「ふぅん。おれは一時期、めっちゃ使ってたけどね~。うち、姉貴がいるんだけど、全っ然、料理できない人だからさ~」
意外だ。理仁は金持ちの放蕩息子のはずだが。
海牙が、波打つ髪を掻き上げた。
「ぼくは一人では来るけどね。人と来たことは、今までなかったな」
それぞれ適当に注文をする。オレは量重視のセットメニュー。かなり腹が減っていた。バイクを走らせるのは消耗する。
店員が去った後、師央のジト目に気付いた。
「何だ?」
「ほっとくと、野菜食べませんよね。栄養が偏りますよ。ビタミン、ミネラル、食物繊維。野菜からしか摂れないものもあるんです。帰ったら、野菜ジュース作りますから」
オレはげんなりする。人前でそんなこと言うなよ。
案の定、理仁がニヤニヤした。
「鈴蘭ちゃん、大変だね~。師央は料理上手だから、あっきーの舌が肥えちゃうよ」
「な、何がどう大変なんですか? 煥先輩の舌とわたしと、関係ないし」
師央が、しれっと爆弾を落とす。
「鈴蘭さん、大丈夫です。今度、一緒に料理しましょう。日曜日でどうですか? うちに昼ごはんを作りに来ませんか?」
うちにって、おい!
「師央、勝手に何言ってんだ! 第一、オレは日曜の昼はバンドの練習だ」
「えーっ? 誰も煥さんのために、とは言ってませんよ?」
「あ」
「でも、せっかくだから、晩ごはんにします? 鈴蘭さんに作ってもらって一緒に食べて」
「か、勝手にしろ!」
「やったー! ってことで、鈴蘭さん、日曜の夕方いいですか?」
鈴蘭が悲鳴をあげた。理仁が爆笑するのは予想の範囲内だが、海牙も声を殺して笑っている。目尻に涙まで浮かべていた。
「おい、笑いすぎだ」
「すみません……くくっ」
舌打ちして、そっぽを向く。
と、通路越しに、隣のテーブルの連中と目が合った。全員、女。イヤな感じがした。ぐるっと、にらみを利かせる。さっと視線をそらす女が、やたら多い。
理仁がソファにもたれて脚を組んだ。オレに人差し指を振ってみせる。
「そ~んな怖い顔しちゃダメじゃん。せっかく女の子たちが目の保養してたのに」
「下らねえ」
「そーいう硬派な不良タイプのあっきーと、チワワ的な子犬系男子の師央と、知的でクールな笑顔の海ちゃんと、甘くて気さくで優しげなおれと。各種揃ってんだもんね~」
師央が栗色の頭を掻いた。
「ぼくはともかく、文徳さんがいたら完璧ですよね。大人っぽくて、頼れる雰囲気で」
鈴蘭まで話に乗っかり出した。
「文徳先輩もだけど、亜美先輩もね。キリッとして凛々しいイケメン系美女でしょ? 女の子のファンが多いの。それこそ目の保養って、寧々ちゃんも言ってる」
「え? でも、寧々さんの好きな人って……」
「うん、尾張くんだよ」
「全然タイプ違いますけど」
「本命と観賞用は別腹なの」
そんなもんなのか? 微妙に気分悪い言い方だな。
海牙がいきなり笑い出した。
「あははっ、煥くん、わかりやすいですね! 顔に出るんだな、意外と」
最近ひたすら、からかわれてる。頭痛がするような反面、胸がくすぐったい。
今まで、オレに絡んでくるのは兄貴だけだった。瑪都流のメンバーさえ、一線引いている。いや、垣根を作ってるのはオレのほうか。両親の件もあって、心配かけてばっかりで、どうしても遠慮してしまうから。
だけど、今オレを囲んでる連中。鈴蘭、師央、理仁、海牙は、オレに言いたい放題だ。銀髪の悪魔ってレッテル、怖い不良って評判のはずのオレが相手なのに。
「おーっ? 今、あっきー、ちょっと笑った?」
「ふって、柔らかい顔しましたよね」
「だよね、見たよね、師央」
理仁と師央のやり取りを受けて、海牙と鈴蘭がオレの顔をのぞき込む。
「残念、ぼくは見逃したな」
「わたしも見てません」
笑い方なんて思い出せない。顔の筋肉を動かそうとして、眉間にしわが寄ってしまう。
「見世物じゃねぇんだ。じろじろ見るな」
オレが何か言うたびに。
「クールだね~、あっきーは」
「煥さんを見ていいのは鈴蘭さんだけだそうです」
「師央くん! わ、わたしは別にそんなっ」
「あっ、リヒちゃんのドリア、来ましたね」
いちいち、にぎやかだ。これが日常ならいいのに、と不意に思った。儚い願いだと気付いている。運命が動き始めていることを、白獣珠と胸騒ぎが告げているから。