たった二曲だけのステージだった。それでも、全力で歌った。兄貴が書いた曲、仲間たちの演奏に守られて。無防備なほど、自分自身と向き合って。
歓声の中で、兄貴がオレの肩に腕を回した。
「な、おれの言ったとおり、歌えただろ? いい顔してたぜ。アンコールと言いたいとこだが、撤退だ。壮行会の進行を乱すわけにはいかないからな」
オレたちはステージ袖に引っ込んだ。裏方や出演者たちが群がってくる。
「お疲れさまです!」
「カッコよかったです!」
「握手してください!」
「生徒会長~!」
「亜美さまイケメン!」
「煥先輩、大好きぃ!」
ウザい。
オレは人混みを掻き分けて進んだ。ステージ袖を抜ける。ついでに、体育館からも出る。外の空気に、ホッとした。五月の風は心地よくて、木漏れ日がまぶしい。
「煥さん!」
呼ばれて、振り返る。師央だ。そういえば、ステージ袖にいなかった。どこ行ってたんだ? と訊こうとして、答えがわかった。師央は鈴蘭と一緒だ。鈴蘭を連れに行ってたんだろう。
「お疲れさまです、煥さん! やっぱり、すっごくカッコよかったです! ファンが多いのも納得ですね。ね、鈴蘭さん?」
鈴蘭が師央を見て、オレを見た。久しぶりに目を合わせた。でも、すぐに鈴蘭は視線をさまよわせた。怒ったような顔をしている。師央に無理やり連れて来られたせいか?
「あ、煥先輩、お疲れさま、でしたっ」
投げ付けるような口調も尖っている。どう返事すべきか、わからない。
師央はおかまいなしだった。ちょこんと敬礼する。
「それじゃ、ぼくは文徳さんたちのとこへ行きます。ごゆっくりどうぞー」
言うが早いか、きびすを返して、あっという間に師央は体育館へと消えた。
沈黙。
オレは鈴蘭から目をそらす。ごゆっくりも何もない。どうせよと? 何を話せと?
鈴蘭が何か言おうとしている。気配で、それがわかる。また小言か? 説教か? 図書室でのやり取りに対する恨み節か?
オレは身構えつつ、低い声で尋ねた。
「何かオレに言いたいことがあるのか?」
「……あ、あの……っと……」
「さっさと言え。喉が渇いてんだ。部室に戻りたい」
「え、っと……ったです……」
「は?」
鈴蘭が、パッと顔を上げた。
「カッコよかったです、って言ったんです! そ、それと、気持ちが伝わってきてっ、すごく、すごく繊細で、孤独で、強くて! わ、わたし、ご、ごめんなさいっ!」
「え?」
「歌ってる煥先輩は、強くて、なのに、弱くて泣いてるみたいで、あ、あの、ほんとに、印象的でした。だから聞かせてほしくて、カウンセリングや心理学じゃなくて、わたしは挫折とか、知らなくて、先輩から見たら、わたしなんて、た、ただの頼りない後輩だろうけど、でも、知りたいと、思って、煥先輩のこと、話して、もらいたくて」
鈴蘭の声は震えていた。泣き出すんじゃないかと思った。鈴蘭を見たら、真っ赤な顔で怒っている。
「何で怒ってるんだ?」
「お、怒ってません!」
「怒ってるだろ」
「どんな顔すればいいか、わかんないだけです!」
「普通にしてればいいだろ」
鈴蘭が、胸の前で拳を握った。子どもみたいな形の拳だった。
「先輩のバカ! ふ、普通にしてられるはず、ないでしょ!? だって、く、苦しいくらいドキドキしてるんです! ステージで、煥先輩、カッコよくてっ、カッコよすぎたんです! あんな声で歌われたら、わたしっ、と、とにかく! お疲れさまでした! この間はごめんなさい! それだけです! カッコよかったです! 失礼しました!」
鈴蘭は一瞬で体育館へ逃げ込んだ。
「マジかよ」
取り残されたオレは、加速する鼓動を数えながら、急激に熱くなる顔を右手で覆った。
歓声の中で、兄貴がオレの肩に腕を回した。
「な、おれの言ったとおり、歌えただろ? いい顔してたぜ。アンコールと言いたいとこだが、撤退だ。壮行会の進行を乱すわけにはいかないからな」
オレたちはステージ袖に引っ込んだ。裏方や出演者たちが群がってくる。
「お疲れさまです!」
「カッコよかったです!」
「握手してください!」
「生徒会長~!」
「亜美さまイケメン!」
「煥先輩、大好きぃ!」
ウザい。
オレは人混みを掻き分けて進んだ。ステージ袖を抜ける。ついでに、体育館からも出る。外の空気に、ホッとした。五月の風は心地よくて、木漏れ日がまぶしい。
「煥さん!」
呼ばれて、振り返る。師央だ。そういえば、ステージ袖にいなかった。どこ行ってたんだ? と訊こうとして、答えがわかった。師央は鈴蘭と一緒だ。鈴蘭を連れに行ってたんだろう。
「お疲れさまです、煥さん! やっぱり、すっごくカッコよかったです! ファンが多いのも納得ですね。ね、鈴蘭さん?」
鈴蘭が師央を見て、オレを見た。久しぶりに目を合わせた。でも、すぐに鈴蘭は視線をさまよわせた。怒ったような顔をしている。師央に無理やり連れて来られたせいか?
「あ、煥先輩、お疲れさま、でしたっ」
投げ付けるような口調も尖っている。どう返事すべきか、わからない。
師央はおかまいなしだった。ちょこんと敬礼する。
「それじゃ、ぼくは文徳さんたちのとこへ行きます。ごゆっくりどうぞー」
言うが早いか、きびすを返して、あっという間に師央は体育館へと消えた。
沈黙。
オレは鈴蘭から目をそらす。ごゆっくりも何もない。どうせよと? 何を話せと?
鈴蘭が何か言おうとしている。気配で、それがわかる。また小言か? 説教か? 図書室でのやり取りに対する恨み節か?
オレは身構えつつ、低い声で尋ねた。
「何かオレに言いたいことがあるのか?」
「……あ、あの……っと……」
「さっさと言え。喉が渇いてんだ。部室に戻りたい」
「え、っと……ったです……」
「は?」
鈴蘭が、パッと顔を上げた。
「カッコよかったです、って言ったんです! そ、それと、気持ちが伝わってきてっ、すごく、すごく繊細で、孤独で、強くて! わ、わたし、ご、ごめんなさいっ!」
「え?」
「歌ってる煥先輩は、強くて、なのに、弱くて泣いてるみたいで、あ、あの、ほんとに、印象的でした。だから聞かせてほしくて、カウンセリングや心理学じゃなくて、わたしは挫折とか、知らなくて、先輩から見たら、わたしなんて、た、ただの頼りない後輩だろうけど、でも、知りたいと、思って、煥先輩のこと、話して、もらいたくて」
鈴蘭の声は震えていた。泣き出すんじゃないかと思った。鈴蘭を見たら、真っ赤な顔で怒っている。
「何で怒ってるんだ?」
「お、怒ってません!」
「怒ってるだろ」
「どんな顔すればいいか、わかんないだけです!」
「普通にしてればいいだろ」
鈴蘭が、胸の前で拳を握った。子どもみたいな形の拳だった。
「先輩のバカ! ふ、普通にしてられるはず、ないでしょ!? だって、く、苦しいくらいドキドキしてるんです! ステージで、煥先輩、カッコよくてっ、カッコよすぎたんです! あんな声で歌われたら、わたしっ、と、とにかく! お疲れさまでした! この間はごめんなさい! それだけです! カッコよかったです! 失礼しました!」
鈴蘭は一瞬で体育館へ逃げ込んだ。
「マジかよ」
取り残されたオレは、加速する鼓動を数えながら、急激に熱くなる顔を右手で覆った。