朝一番から、兄貴は横暴だった。
「鈴蘭さんを迎えに行ってやれ」
「は? 何で?」
「昨日、通い慣れた通学路で襲撃されたんだぞ。不安な思いをしてるかもしれない。実際に危険があるかもしれない」
「だからって、どうしてオレが?」
「三年の進学科は今日、必修の朝補習だ。生徒会長のおれがサボれるはずもないだろ?」
嘘つけ。普段は要領よくサボってるくせに。
朝飯を作る手を止めて、師央が振り返った。いつの間にエプロンなんか用意した?
「ぼくも一緒に行きましょうか?」
「頼む」
師央がいるほうがまだマシだ。女と二人きりなんて、冗談じゃない。
そういうわけで、オレと師央は安豊寺家の門の前に立った。昨日と同じ門衛がオレたちに敬礼する。
ちょうどタイミングよく、鈴蘭が家から出て来るところだった。広い庭を小走りで突っ切る鈴蘭の後ろに、黒服の男が二人。あれは何なんだ?
疑問はすぐに解けた。
「おはよう、師央くん。煥先輩もおはようございます。一緒に登校してくれるんですよね?」
「兄貴にそれを命じられた」
鈴蘭は、黒服二人を振り返ってにらんだ。
「というわけだから! ボディガードは必要ないから! 煥先輩は一人であなたたち二人より強いの! 学校にまでついて来ないで!」
黒服たちが顔を見合わせた。鈴蘭が、すがるような目をオレに向けた。面倒くせえ。
「もう聞いてるかもしれないが、オレは白虎の伊呂波、当代の預かり手だ。青龍の護衛なら引き受ける。昨日、傷を治療してもらった借りがあるしな」
鈴蘭が門を飛び出してきた。一瞬、オレのほうへ手を伸ばそうとして、でもすぐに引っ込めた。代わりに師央の制服の袖をつかんだ。
「さ、早く学校に行こう! あなたたち、おとうさまに伝えておいて。煥先輩がわたしを守るから平気だ、って。じゃあ、行ってきまーす!」
鈴蘭は師央を引っ張って駆け出した。
オレは、鈴蘭に訊いておきたいことがあった。それは鈴蘭も同じだったらしい。オレより先に切り出してきた。
「煥先輩は、わたしのこと知ってました? 安豊寺家が青龍の家系だってこと」
「知らなかった」
「ですよね。わたしも、一昨日、師央くんの白獣珠を見るまで、伊呂波家のことは知りませんでした。あの日、初めて、両親から具体的な話を聞きました。四獣珠を守る四つの家系の名前。それぞれの家の間に交流がないこと。そして、交流を持たない理由」
いつの間にか、オレの隣に鈴蘭がいた。師央が一人、少し先を歩く形だ。鈴蘭は前を見つめている。横顔が真剣だった。
オレは、師央の栗色の頭を見ながら言った。
「四獣珠に関すること、話してくれ。オレの家系には、話をできる人間がいない両親は他界したし、祖父母もいない。伊呂波の苗字を持ってるのは、オレと兄貴だけなんだ」
伊呂波家は父方の血筋だ。両親が死んだ後、オレと兄貴は母方の親戚に育てられた。兄貴が高校に上がるとき、一緒にそこを出た。
鈴蘭がカバンを持つ手を替えた。オレの膝のあたりで、重そうなカバンが揺れる。置き勉しないのかよ、この優等生は。オレは呆れつつ、鈴蘭のカバンを持った。
「続き、話せ」
「は、はい。四獣珠の預かり手は交流しない。それは昔からの取り決めだったそうです。今から八百年くらい前、十三世紀に、獣珠は中国大陸から日本に渡って来た。それ以来ずっと、預かり手たちは、進んで交流することはなかった。なぜだか、わかりますか?」
師央が、そっと振り返った。
「争いの種になるから。四獣珠は、人の願いを叶えます。代償さえ差し出せば、誰の願いでも、どんな願いでも叶えてしまう。四獣珠は、一つでも大きな力を持っているんです。それが四つも集まると……」
師央が口をつぐむ。オレが続きを引き継いだ。
「争う人間が出てくる」
鈴蘭の目が、オレと師央へ、順に向けられる。
「煥先輩、師央くん。運命って信じますか?」
「さぁな」
「ぼくは、信じてます。運命の存在と、運命の可変性を」
鈴蘭は話の筋を戻した。
「自分から交流しない預かり手たちだけど、何代かに一度、集ってしまうときがある。母がそう言ってました。その要因は、母にもわからないみたいですけど」
「その交流のときが今、ということか? 因果の天秤に、均衡を、だったか?」
「煥先輩の白獣珠も、それを言っていたんですね? 青獣珠も同じで、しゃべるなんて思ってなかったから、びっくりして。どういう意味なんでしょう? 集まりたがらない性質をくつがえすくらい、大事な意味があるんでしょうか?」
オレは師央を見た。師央もオレを見ていた。
「ぼくも聞いています。因果の天秤に均衡を取り戻すのが役割だって。ぼくは、四獣珠が争いの種になると知っています。でも、ぼくにチャンスをくれたのも四獣珠です。ぼくの__を__……ダメか。未来を救う……この言葉ならいいんだ……未来を救うきっかけを見付けるために、ぼくはここへ来ました。この時代、この場所へ」
白獣珠を持つ師央が、オレの前に現れた。それとほぼ同時に、青獣珠の鈴蘭に出会った。この筋書きが運命だというのなら、四獣珠が集う争いの物語は始まったばかりだ。
しかも今、四獣珠は四つじゃない。預かり手は四人じゃない。五つ目の四獣珠があって、五人目の預かり手がいる。これから何が起こるのか?
「鈴蘭さんを迎えに行ってやれ」
「は? 何で?」
「昨日、通い慣れた通学路で襲撃されたんだぞ。不安な思いをしてるかもしれない。実際に危険があるかもしれない」
「だからって、どうしてオレが?」
「三年の進学科は今日、必修の朝補習だ。生徒会長のおれがサボれるはずもないだろ?」
嘘つけ。普段は要領よくサボってるくせに。
朝飯を作る手を止めて、師央が振り返った。いつの間にエプロンなんか用意した?
「ぼくも一緒に行きましょうか?」
「頼む」
師央がいるほうがまだマシだ。女と二人きりなんて、冗談じゃない。
そういうわけで、オレと師央は安豊寺家の門の前に立った。昨日と同じ門衛がオレたちに敬礼する。
ちょうどタイミングよく、鈴蘭が家から出て来るところだった。広い庭を小走りで突っ切る鈴蘭の後ろに、黒服の男が二人。あれは何なんだ?
疑問はすぐに解けた。
「おはよう、師央くん。煥先輩もおはようございます。一緒に登校してくれるんですよね?」
「兄貴にそれを命じられた」
鈴蘭は、黒服二人を振り返ってにらんだ。
「というわけだから! ボディガードは必要ないから! 煥先輩は一人であなたたち二人より強いの! 学校にまでついて来ないで!」
黒服たちが顔を見合わせた。鈴蘭が、すがるような目をオレに向けた。面倒くせえ。
「もう聞いてるかもしれないが、オレは白虎の伊呂波、当代の預かり手だ。青龍の護衛なら引き受ける。昨日、傷を治療してもらった借りがあるしな」
鈴蘭が門を飛び出してきた。一瞬、オレのほうへ手を伸ばそうとして、でもすぐに引っ込めた。代わりに師央の制服の袖をつかんだ。
「さ、早く学校に行こう! あなたたち、おとうさまに伝えておいて。煥先輩がわたしを守るから平気だ、って。じゃあ、行ってきまーす!」
鈴蘭は師央を引っ張って駆け出した。
オレは、鈴蘭に訊いておきたいことがあった。それは鈴蘭も同じだったらしい。オレより先に切り出してきた。
「煥先輩は、わたしのこと知ってました? 安豊寺家が青龍の家系だってこと」
「知らなかった」
「ですよね。わたしも、一昨日、師央くんの白獣珠を見るまで、伊呂波家のことは知りませんでした。あの日、初めて、両親から具体的な話を聞きました。四獣珠を守る四つの家系の名前。それぞれの家の間に交流がないこと。そして、交流を持たない理由」
いつの間にか、オレの隣に鈴蘭がいた。師央が一人、少し先を歩く形だ。鈴蘭は前を見つめている。横顔が真剣だった。
オレは、師央の栗色の頭を見ながら言った。
「四獣珠に関すること、話してくれ。オレの家系には、話をできる人間がいない両親は他界したし、祖父母もいない。伊呂波の苗字を持ってるのは、オレと兄貴だけなんだ」
伊呂波家は父方の血筋だ。両親が死んだ後、オレと兄貴は母方の親戚に育てられた。兄貴が高校に上がるとき、一緒にそこを出た。
鈴蘭がカバンを持つ手を替えた。オレの膝のあたりで、重そうなカバンが揺れる。置き勉しないのかよ、この優等生は。オレは呆れつつ、鈴蘭のカバンを持った。
「続き、話せ」
「は、はい。四獣珠の預かり手は交流しない。それは昔からの取り決めだったそうです。今から八百年くらい前、十三世紀に、獣珠は中国大陸から日本に渡って来た。それ以来ずっと、預かり手たちは、進んで交流することはなかった。なぜだか、わかりますか?」
師央が、そっと振り返った。
「争いの種になるから。四獣珠は、人の願いを叶えます。代償さえ差し出せば、誰の願いでも、どんな願いでも叶えてしまう。四獣珠は、一つでも大きな力を持っているんです。それが四つも集まると……」
師央が口をつぐむ。オレが続きを引き継いだ。
「争う人間が出てくる」
鈴蘭の目が、オレと師央へ、順に向けられる。
「煥先輩、師央くん。運命って信じますか?」
「さぁな」
「ぼくは、信じてます。運命の存在と、運命の可変性を」
鈴蘭は話の筋を戻した。
「自分から交流しない預かり手たちだけど、何代かに一度、集ってしまうときがある。母がそう言ってました。その要因は、母にもわからないみたいですけど」
「その交流のときが今、ということか? 因果の天秤に、均衡を、だったか?」
「煥先輩の白獣珠も、それを言っていたんですね? 青獣珠も同じで、しゃべるなんて思ってなかったから、びっくりして。どういう意味なんでしょう? 集まりたがらない性質をくつがえすくらい、大事な意味があるんでしょうか?」
オレは師央を見た。師央もオレを見ていた。
「ぼくも聞いています。因果の天秤に均衡を取り戻すのが役割だって。ぼくは、四獣珠が争いの種になると知っています。でも、ぼくにチャンスをくれたのも四獣珠です。ぼくの__を__……ダメか。未来を救う……この言葉ならいいんだ……未来を救うきっかけを見付けるために、ぼくはここへ来ました。この時代、この場所へ」
白獣珠を持つ師央が、オレの前に現れた。それとほぼ同時に、青獣珠の鈴蘭に出会った。この筋書きが運命だというのなら、四獣珠が集う争いの物語は始まったばかりだ。
しかも今、四獣珠は四つじゃない。預かり手は四人じゃない。五つ目の四獣珠があって、五人目の預かり手がいる。これから何が起こるのか?