授業に出たり出なかったり、寝ていたり起きていたり。普段どおりだ。間延びした時間が過ぎていった。
 放課後になった。教室に、瑪都流《バァトル》の中心メンバーで三年の牛富《うしとみ》さんが来た。
「文徳から頼まれた。部室に煥を連れて来いってさ」
 わざわざ牛富さんを寄越すってことは、絶対逃げるなよって意味だ。面倒なやつが部室にいるのか。たぶん、あの口うるさい安豊寺だ。師央の保護者気取りでもしてるんだろう。
 しぶしぶ牛富さんについていったら、案の定、部室はにぎやかだった。安豊寺はオレを見るなり、キッとにらんできた。
 師央が、ぴょんと飛んできた。尻尾を振ってるのが見える気がした。
「煥さん、お疲れさまです!」
「別に疲れてない」
「今日、楽しかったんですよ!」
 あれやこれやと報告が始まる。聞きたいわけじゃない。適当に聞き流しながら、オレは部室を見やった。この軽音部の部室は校舎の東の隅にある。
 オレは兄貴のバンドでヴォーカルをしている。中学時代から、メンバーは変わっていない。兄貴はギターと作曲で、バンマスでもある。ちなみに、ドラムは牛富さんだ。
「……って感じで、数学ではヒヤッとしたんです。でも、寧々さんがフォローしてくれて。やっぱり普通に学校に通えるって、いいなぁ」
 師央の笑顔が、不意に少し陰った。
「どういう意味だ、それは? 普通に学校に通ってないのか?」
「__のせいで、__の危険があるから」
 師央の口が動いた。声が出ない。昨日と同じ状況だ。事情を説明しようとすると、できない? 暗示でもかけられてるのか? マインドコントロール? 師央はうつむいて、首を左右に振った。オレの胸がざわついた。気付けば、口走っている。
「楽しかったなら、よかったな」
 師央の顔に微笑みが戻った。
「すごく普通で、楽しいです!」
 瑪都流が集まる場所は、いくつかある。中心メンバーだけなら、軽音部室。それ以外もいるときは学外になるわけだが、いちばん大きな拠点は港の倉庫だ。
 ここは港町だ。飛行機が発達するより前は栄えていて、世界じゅうの外国船が行き交っていたらしい。今は、昔ほどの活気はなくなってて、使われなくなった倉庫がたくさん放置されている。その一つを瑪都流が占拠しているわけだ。
 そういう簡単な説明を、兄貴が、順一と貴宏と寧々に聞かせてやった。三人はまじめにうなずいた。その後すぐ、寧々は部室を出ていった。部活の大会が近いとのこと。不良とつるんでるくせに、部活やってるのかよ?
 兄貴が順一と貴宏に言った。
「寧々さんを一人にするのは怖いな。繰り返しになるけど、いつ緋炎の報復があるか、わからない。三人は、一緒に行動してほしい」
 貴宏が、顔をくしゃくしゃにして笑った。
「了解っす。まあ、もともとそのつもりですよ。じゃ、寧々んとこ行ってきます」
「よろしく頼む。ところで、彼女は何部なんだ?」
「アーチェリーっすよ。あいつ、スポーツ推薦いけるレベルなんです。てか、全国級なんすよ。なのに、おれらとつるんでるから」
 貴宏が眉の両端を下げた。不良とつるんでるから、何だ? 内申が悪くてスポーツ科に落ちた?
 いずれにしても納得だ。エアガンでの狙いの正確さは、アーチェリーで鍛えたってわけか。髪を派手に染めてなくて、前髪に一筋だけのオレンジ色を入れてるだけなのも、すぐに隠せる工夫だろう。スポーツの大会では、黒髪が有利だ。審査員や観客の心象がいい。
 不愉快な記憶がよみがえる。銀色の髪が生む偏見。染めてやろうかと、何度も思った。髪の色なんかじゃなく、オレ自身を見てほしかったから。
 でも、兄貴がオレを止めた。煥はそのままでいい、おれがどうにかしてやると言って、確かに、どうにかしてくれた。校則を変えたんだ。髪の色が自由化した。染めてるやつが増えたおかげで、オレの奇抜な地毛も目立たなくなった。少しだけ気楽になった。
 寧々と尾張兄弟がいなくなって、安豊寺が立ち上がった。
「わたしも、お暇します。軽音部の練習を邪魔しちゃいけないし」
 兄貴が機材をいじる手を止めた。オレを見る。イヤな予感しかしない。
「煥、鈴蘭さんを送ってやれ」
 やっぱりな。一応、オレは無駄な抵抗を試みる。
「兄貴が行けよ」
「煥がエフェクトの調整をするか? 固まってないアレンジを固めて、今度のライヴの契約書作って、パンフの原案を起こす? バンド関係の用事もろもろと、送るのと、どっちが煥の仕事かな?」
 オレは、薄いカバンを肩に引っかけた。
「来い、安豊寺。家まで送る」
「いいえ、けっこうです! わたし、一人で帰れますから!」
 青い目が、にらみ上げてくる。刺さる敵意に、オレはため息しかない。勝手にしろよ。って言えりゃ楽なのに。
 兄貴は笑顔で肩をすくめた。瑪都流メンバーも、ニヤニヤしてる。ドラムの牛富さん。ベースで、兄貴の彼女の亜美さん。シンセサイザーで、オレとタメの雄《ゆう》。
 師央がおずおずと手を挙げた。
「ぼくが、送りましょうか? 皆さんは練習があるでしょうし」
「師央くん、ありがとう。お願いしてもいい?」
 いや、弱い師央じゃ意味がない。