再びPCと向きあい、全国の特約店から届いたSPツールの希望部数を集計し、制作部数を決定するという地味な作業に戻る。
 そのとき、内線が鳴った。
反射的に受話器を引っつかみ、おそるおそる耳にあてる。
「……宣伝課、生駒です」
『第二総務部です』
 来た!
 私は思わず周囲をきょろきょろ見回した。反射的にしただけで、そこに第二総務部がいると考えたわけじゃない。実際、見えたものは日常のオフィスの風景そのものだ。
 鼓動が速くなる。急に汗ばんできた手で受話器を握りしめ、なにも聞き漏らすまいと耳を澄ました。
『メッセージをありがとうございました』
 男性の声だ。
 若い……と思う。高くも低くもない、落ち着いたトーン。耳に心地いいぶん、これといった特徴をつかみづらく、電話を切った瞬間忘れてしまいそうな声質。
「あ、あの」
 喉がからからで、声が引っかかった。慌てて咳ばらいをする。
 もう一度話そうとしたとき、それより先に電話の向こうの声が言った。
『ご依頼は、当方の正体を知りたい、ですか』
 ……どうして。
 どうして、また。なにも言っていないのに。
 私は驚愕のあまり、反応するのを忘れた。呆然としたまま数秒が過ぎ、こちらが返事をしなかったら会話が進まないことにはっと気づく。
「そうです」
『お受けしましょう』
 またしても衝撃。ダメだ、完全に手のひらの上で転がされている。
 挑戦的な依頼を突きつけて、こっちが動揺させてやるつもりだったのに。先手を打たれっぱなしだ。
 私は秘密の話をするみたいに、声をひそめて尋ねた。
「……教えてもらえるんですか」
『いいえ』
「え?」
 どういうこと?
『あててみてください。正解したら、正解と申し上げます』
 ひゅっという音が聞こえた。自分が勢いよく息を吸った音だ。その息を、意識してゆっくり吐き出す。落ち着け。
 叩きつけようとしていた挑戦状を、向こうから差し出されているわけだ。
 どうしよう、ドキドキする。
 私はいったい何者と話しているんだろう。
「本当ですね?」
『ただしチャンスは一回』
「一回!」
『間違えたら、二度と私たちのことを詮索しないというのが条件です』
「わかりました」
『いつでもかまいません。回答を用意できたらまたメッセージをください』
 気づいたら、通話の切れた受話器を持ってぼんやりしていた。