へえ……。それを担当しているということは、種原さんはおそらく、交渉上手で失敗が少なく、タフという評価を得ているんだろう。イメージどおりだ。
「で、シロというのは……?」
「東京の社長は、自分のところが優遇されていることを、知らない可能性がある」
「あっ!」
 そういうことか!
「じゃあ、副本部長がそんなことをする目的はなんです? 東京からの見返りはそもそも存在しないってことになりますよね」
「これは僕の想像になるんだけど……考えれば考えるほど、正解なんじゃないかなーと思えてくるんだけど……」
 なぜか蔵寄さんは憂鬱そうに、んーと顔をしかめた。

 蔵寄さんとのランチを終え、六階に戻っても、まだ十分ほど昼休みが残っていた。席でつまむお菓子を買おうと、九階の食堂に行くことにした。
 この時間は食堂から帰ってくる人たちでエレベーターがごった返す。ジャンクフードで昼を済ませた罪悪感を軽くする目的もあって、階段で九階を目指した。
 たどり着くころには息が切れていた。思った以上に運動不足だ。お菓子を買っている場合じゃないのでは、と思いはじめたところに、声が降ってきた。
「回文」
 踊り場に立って、上のほうを見回す。十階に続く階段の手すり越しに、阿形さんがこちらを見下ろしていた。
「私の名前は回文じゃありません」
「惜しいよね、知ってる」
「名前が回文構造になっていることを否定したわけじゃありません!」
 さらに階段を上らされて、私は息も絶え絶えだ。阿形さんは階段の途中に腰を下ろし、私を見上げて眉をひそめた。
「なに言ってるのか、ちょっとわかんない」
「いいです、もう……」
 座っていいですかと聞いたところで、かわいげのない答えしかもらえないことがわかっていたので、だまって隣に座った。
「……ここでなにしてるんですか」
「見ればわかるじゃん、休憩」
「ほかのみなさんは、そこに?」
 私はすぐそばにあるドアを指さした。この間使った会議室だ。阿形さんは両ひざにひじをのせ、両手で顔を支えるみたいにして、ぼんやり宙を見つめている。
「いや、地下にいる。パワハラの証拠がなかなか手に入らなくてさ、苦戦中」
「実際にはなかった、なんてこともあるんでしょうか」