「その推理はわかるし、僕も実際それを疑ったんだけど」
「けど?」
「雰囲気的に、どうも違う気がするっていうか……」
 うーんと眉根を寄せ、宙を見つめる。「だれなんだ?」と柊木さんに問われ、蔵寄さんは少しためらってから答えた。
「促進課の種原くんって、知ってる?」

 また〝種原さん〟だ。
「ほんと加具山さんラブです、感謝感激でっす!」
「そういうの、いいから!」
 抱きつく勢いで拝み倒されて、加具山さんが必死に押し戻している。
「もー、協約で死にそうになってたんですけど、これで救われました」
「お疲れさま。ところで三居くんって休み? メール、全然反応ないんだ」
「いや、いますよ? 声かけときますね」
「よろしくー」
 もらった掲載予定表のプリントアウトを振りながら、種原さんのツンツン頭が遠ざかっていった。ふーっと加具山さんが安堵のため息をついている。
 私は「大変でしたねえ」と声をかけた。加具山さんは私より七年上の先輩だ。担当の入れ替わりの激しい宣伝課で、雑誌担当を三年間務めているベテラン。
「ほんとだよ。代理店さんが汲んで動いてくれて助かった」
「副本部長も、すごい無茶ぶりしますよね」
「あれ、一歩間違ったらパワハラで訴えられるよね。種原くんだから受け止められてるんだろうけど」
 パワハラというワードに私は反応した。
「危ういことしてる自覚、種原くんもあるはずなんだよね。だけどこうして、〝やらされてる〟感をそれとなくばらまいてくじゃない? 保身がうまいよね、いい意味で」
 感心したような口ぶりの加具山さんに、心の中で激しくうなずいた。
 わかる。やっぱり依頼人は、彼ではない。
 だけどなぜか、いろいろなことの中心に彼がいる。
 金曜日は慌ただしい。週末に入る前に手持ちのボールをクライアントに投げ返しておこうと、広告代理店さんが入れ代わり立ち代わりやってくるからだ。
 その思いはお互い同じで、メールのやりとりも妙にすばやくなり、結果、あれこれの案件がとてもはかどる。社内チェックに出していた物件も、どっと返ってくる。
 昼休みに入っても勢いが止まらず、私は電話とメールを駆使して、猛然と仕事を片づけていた。気づけば休憩時間が残り三十分を切っている。食べ逃すと午後がきついと思い、慌ててPCを閉じ、フロアを出た。