翌日、定時を過ぎた瞬間に柊木さんから内線で呼び出され、私は九階を訪れた。
 なぜ九階?
 デジャビュを感じながら、廊下できょろきょろしていると、肩を叩かれる。
「蔵寄さん!」
「しー、こっち」
 人差し指を口にあて、階段のほうへ私をつれていく。上下に伸びる階段のうち、彼が向かったのは上りのほうだった。この上は屋上しかないはずなのに。
 まさか、という予想はあたった。
 九階と十階の間の踊り場に、ドアがある。地下の秘密の部屋と同じドアだ。ノブの上にはやはりカードリーダーがある。
 まわりに人がいないことを確認し、さっと社員証で開錠すると、蔵寄さんは私を先に中に入れた。
 目の前には衝立。地下の部屋と同じだ。ただ衝立の向こうはだいぶ様子が違った。地下の部屋がオフィスなら、ここは会議室だ。楕円の会議机が中央にでんと置いてあり、その周りを椅子が囲んでいる。
 ほぼそれだけで部屋が埋まっている。部屋自体が、地下の部屋よりだいぶ狭い。
 雰囲気の違いに強烈に貢献しているのが、窓の存在だった。自然光が入るのだ。
 とはいえブラインドが下りており、外は曇り。室内の明るさの大部分は、天井の蛍光灯がまかなっている。
 私と蔵寄さんが入っていくと、会議机に腰かけた佐行さんが振り向いた。
「いらっしゃーい。昨日はお疲れさまです、ふたりとも」
 窓辺に立っていた柊木さんも振り返る。私はそれぞれに会釈し、明るい部屋の中を見回した。
「こういう部屋は……、どんなふうに使い分けてるんですか?」
「基本、普段いる場所から近いってことで、地下の部屋を使うことが多いんだけど」
 佐行さんの言葉を引き取るように、蔵寄さんが「あそこは今、雨漏りで悲惨なことになってるんだって」と続ける。
 あ、やっぱり。
「あと空調もないから、冬は死んじゃうし真夏も死んじゃう。生駒ちゃんが来たときが、あの部屋のシーズンだったんだよ」
 シーズンって。
 そのときドアが開き、阿形さんが入ってきた。
「アマナ東京の宇和治(うわじ)社長です」
 彼は開口一番そう言うと、紙資料をばさっと机に投げ出した。柊木さんが窓辺を離れ、寄ってくる。私ものぞきこんだ。顔写真と経歴が書いてある。
「仲鉢副本部長が社長だったころ、販売部長として右腕的な立場にいた人です。副本部長の指名を受けて社長に」
「この男が?」