「伝言板にメッセージが書かれてたんですよね? カメラに映ってないんですか」
「あそこ、死角なんだよ。あのフロアのカメラは、地下街との出入りの監視がメインだからさ」
 言われてみれば、防犯カメラがエスカレーターの下を映す意味はあまりない。
「第二総務部権限で取りつけたらどうですか」
「そんな権限ないし」
 ないのか。防犯カメラの映像を見られるだけでも、じゅうぶん全能の神みたいに思えるんだけれども。
 私にはまだ、彼らがいったいどういう集団なのかわかっていないらしい。
「それでも前後の人の動きなんかで、たいてい見当がつくんだけど。つかないときもある。今回はそれだった」
「内線番号を書くルールなんじゃないんですか?」
「携帯の番号が書かれてた。もちろん、会社支給の番号じゃない。ちなみにルールはべつにないよ。だれかが困ってるとわかれば、俺たちは動く」
 いろいろ、なるほどだ。
「俺が電話したんだけど。聞き取りにくい、くぐもった声だった。なんかで押さえながらしゃべってるような、こういう」
 阿形さんが袖で手を隠し、それで口を覆ってみせる。私は眉をひそめた。同じく依頼した身として、そんなに徹底して身の上を隠す必要がわからない。
「まあ、名乗りたがらない依頼人はぶっちゃけ珍しくもないよ。伝言板に最初から依頼内容が書かれた手紙が貼りつけてあって、連絡先も名前もないとかさ」
「それでも解決するんですか?」
「困りごとが本当だとわかれば」
 だけど、絵馬にだって自分の名前を書く。願いを叶(かな)えてもらおうとする側の、最低限の礼儀じゃないだろうか。とはいえ……。
「今回のは、上司を告発する内容ですし、慎重になってもしかたないですね」
 さあっと生温かい風が吹いた。その風に乗って運ばれてきたみたいに、ぽつっと水滴がひと粒、私の顔に落ちる。
 阿形さんがつぶやいた。
「そうともかぎらないから、突っ走るなって言ってる」
「そうともかぎらない?」
「たとえば、仲鉢副本部長を陥れようとしてるだれかの仕業かもしれない。副本部長の痛い腹を俺たちにさぐらせて、明るみに出そうと企んでるのかも」
 私の中を衝撃が走り抜けた。そんな可能性、かけらも考えなかった。
 愕然とする私を、やっぱりな、という顔で阿形さんが見る。
「本当なんですか」
「それを確かめるために、情報を集めてるんだ」