聞いているのかいないのかわからない様子で、ぼんやりドアのはめガラスの向こうを見ていた柊木さんが、煙草を灰皿にぎゅっと押しつけた。
 それが〝終わり〟の合図のように思えて、私はあせる。
「あ、あの」
「最後だけ、はずれ」
「えっ」
 彼はにやっとすると、煙草の箱にライターを入れ、ワイシャツの胸ポケットにしまった。入れ替わりに黒いスマートフォンを取り出し、私の前に置く。
「じゃあ、最後以外は合ってるってことですか」
「この番号を登録して」
「これならどうですか、えーっと、警備員さんから連絡をもらって、ニソウの……この番号、なんです?」
 登録しろと言われると、反射的に手が動く。質問しながら、手帳と一緒に置いておいた自分の携帯を取って、表示されている番号を入れた。
「俺の番号だ」
「……会社の支給品、ではないですよね」
 天名では管理職になると、会社から内線機能のついた携帯電話が支給される。今どき珍しい、ふたつ折りでカメラのついていない機種だ。カメラ機能つきの端末は開発部署への持ち込みが禁じられているため、そのほうが都合がいいのだ。
 柊木さんは私の手元を見守りながら、「俺のだ」と言った。
「私物ですか!?」
 突如、操作する手が震える。第二総務部のリーダーの、プライベートの携帯端末!
 りんごマークじゃないほうだ! 親近感!
「私のと画面が似てます。もしや同じ機種ですかね!」
「機種の話は今いい。なにかあったらかけてきて。仲鉢副本部長との飲み会は、きみにとって愉快で安全な場とは言いがたい。気を抜かないように」
 取り急ぎ『柊木さん』という名前で登録した。ふと目を上げて見た彼は、びっくりするほど真剣な顔をしている。
「……はい」
「少しでもまずいと思ったら蔵寄を頼れ。蔵寄がダメなら、俺に連絡を」
「はい」
「健闘を祈る」
 さっとスマートフォンを回収すると、柊木さんは音もなく喫煙室を出ていった。
 私は登録件数のひとつ増えた携帯を、胸元で握りしめた。

「掲載予定? うーん、どうだろ、わかるかな……」
 私の隣の席で、雑誌担当の加具(かぐ)山(やま)さんが首をひねる。彼のところへやってきて、両手を合わせて拝むしぐさをしているのは、促進課の種原さんだ。
「すみません、ほんと……宣伝課のみなさんには、感謝してもしきれないっす」