生駒まい子、第二総務部の調査員に任命されました!
 浮かれたのもつかの間、よくよく考えてみると、なかなか難しい使命を授かったことに気づく。
 国内営業本部内とはいえ、宣伝課は副本部長とは仕事の内容的にだいぶ遠い。毎月億の単位で予算を使うテレビや新聞担当はまだしも、SPツール担当なんて、自分の部署の部長にすらそんなに縁がない。
 そんな私がいきなり副本部長について聞きまわったりしたら、あきらかに変だ。
 日々の仕事をしながら、副本部長の名前が聞こえたら耳をそばだてたりしてみるものの、聞こえてくるのは仕事上の話ばかり。
 今も自席にいる私のところに、部長と担当部長が「副本部長」という単語を使いながら会話しているのが聞こえてくるけれど、割って入れるわけもない。
「私でさえ不自然なんだからなあ……」
 これは、第二総務部の人たちができなくて当然だ。調査員を置いているのもうなずける。とはいえ彼らは私たちと違い、盗聴とか録音とかいう、グレーな奥の手も使ってきそうだけれど……。
 機会をうかがうも訪れず、任命されてからあっという間に一週間が過ぎた。
 調査員、難しい……。
 食堂で広告代理店さんとの打ちあわせを終え、とぼとぼと階段で六階に戻る途中、ふと横手の喫煙室の中の人と目が合った。
 蔵寄さんだ!
 会釈だけして部署に帰ろうとしたのだけれど、ガラスの向こうで、にっこり笑って手を振られてしまっては、立ち寄りたくもなるというものだ。
 私は入社してはじめて、長年煙草の煙を浴び続けて壁が真っ黄色になった喫煙室のドアを開け、次の瞬間、叫んだ。
「うわー!」
 煙草をくわえた柊木さんが、「その『うわー』の意味は」と顔をしかめる。
 もちろん、『柊木さんがいる! しかも喫煙してる!』ですよ、と伝えたかったけれど、調査員になった手前、ミーハーすぎる態度は控えようと思い、やめた。
 小さな喫煙室内は蔵寄さんと柊木さんだけだった。私が入社した当時は、常にもっとたくさん人がいたはずなんだけれど。
 中央にテーブル型の大きな吸煙機があり、喫茶店みたいな銀色の灰皿が点々と置いてある。隅っこのゴミ箱には、使い終わった百円ライターたちが山積みだ。
「ここってこんなさみしかったですか?」
「六階って、本部長に追従して禁煙が流行っててね。今、一時的にすごく吸う人間が少ないんだよ」