ふたりはちょっとした秘密を共有するみたいに、くすくすと笑う。一応声を低めてはいるものの、そこまでこそこそしているわけでもない。聞かれて困るほどのことは口に出していないし、そもそもだれにばれるはずもないと思っているんだろう。
「カクワさん内ではとくに、問題もなく?」
「ですね。ただ納品物の摘要はもうちょっと具体的に書くよう、軽く指導ももらったところだったんで、まあ、ちょうどよかったのかもしれません」
世間話のような内容になったところで、佐行さんが立ち上がった。私をつれてブースを出ると、待合スペースを突っ切ってまっすぐ階段へと向かう。
片手をポケットに入れ、だるそうに階段を下りる背中は、常ににこにこした陽気なお兄さんの雰囲気は鳴りを潜め、不穏なオーラを立ち昇らせていた。
「あの、佐行さん……」
「気に入らないなー」
だれにともなく、大きなため息みたいな声を彼が出す。
「とりあえず、担当者が泣いてなかったことはわかった。それは救い」
「あ……、それを確かめるために?」
「偉い人は自分だけじゃ不正できないからね」
そうか、片棒を担がされて、良心の呵責に苦しむ部下がいたりするのだ。そういう関係者をあぶり出すための『会計システム活用講座』でもあったのかもしれない。
佐行さんが呼びかけた。
「柊木さん」
「なんだ」
すぐうしろから聞こえてきた返事に、ひっと飛び上がった。いつの間にか柊木さんが、私たちのあとをついて階段を下りている。
「この件、もう少しやっていいですか」
踊り場に到達すると、佐行さんは足を止め、振り返った。まだ階段の途中にいる私たちを見上げる目に、笑みはない。
「俺、何度か食堂に行きました。クレームが増えてます。非難を浴びてるのはあそこで調理してる人たちです。なにも悪くないのに、泣きそうになって謝ってますよ」
私は〝母さん〟の、食堂で見た悲しそうな顔と、広報誌の笑顔を思い出した。
柊木さんが残りの階段を下り、佐行さんの前を通りすぎる。
「ヤクモさんには話しておく」
「ありがとうございます」
ふたりはそのまま、つれだって階下へ下りていく。
私は踊り場から彼らを見送った。
毎月第一営業日には、月例会と呼ばれる本部全体の集会が行われる。L字型のフロアの角に位置する本部長席を中心に集まり、前月の販売台数速報などを聞く。
「カクワさん内ではとくに、問題もなく?」
「ですね。ただ納品物の摘要はもうちょっと具体的に書くよう、軽く指導ももらったところだったんで、まあ、ちょうどよかったのかもしれません」
世間話のような内容になったところで、佐行さんが立ち上がった。私をつれてブースを出ると、待合スペースを突っ切ってまっすぐ階段へと向かう。
片手をポケットに入れ、だるそうに階段を下りる背中は、常ににこにこした陽気なお兄さんの雰囲気は鳴りを潜め、不穏なオーラを立ち昇らせていた。
「あの、佐行さん……」
「気に入らないなー」
だれにともなく、大きなため息みたいな声を彼が出す。
「とりあえず、担当者が泣いてなかったことはわかった。それは救い」
「あ……、それを確かめるために?」
「偉い人は自分だけじゃ不正できないからね」
そうか、片棒を担がされて、良心の呵責に苦しむ部下がいたりするのだ。そういう関係者をあぶり出すための『会計システム活用講座』でもあったのかもしれない。
佐行さんが呼びかけた。
「柊木さん」
「なんだ」
すぐうしろから聞こえてきた返事に、ひっと飛び上がった。いつの間にか柊木さんが、私たちのあとをついて階段を下りている。
「この件、もう少しやっていいですか」
踊り場に到達すると、佐行さんは足を止め、振り返った。まだ階段の途中にいる私たちを見上げる目に、笑みはない。
「俺、何度か食堂に行きました。クレームが増えてます。非難を浴びてるのはあそこで調理してる人たちです。なにも悪くないのに、泣きそうになって謝ってますよ」
私は〝母さん〟の、食堂で見た悲しそうな顔と、広報誌の笑顔を思い出した。
柊木さんが残りの階段を下り、佐行さんの前を通りすぎる。
「ヤクモさんには話しておく」
「ありがとうございます」
ふたりはそのまま、つれだって階下へ下りていく。
私は踊り場から彼らを見送った。
毎月第一営業日には、月例会と呼ばれる本部全体の集会が行われる。L字型のフロアの角に位置する本部長席を中心に集まり、前月の販売台数速報などを聞く。