考えていなかったけれど、可能性はある。制作会社さんと相談してみよう。
「今回は一度デザインを完成させてからの修正だったので、難しいとしても……、次回以降、必ず念頭に置いて単価設定します」
「ありがと。せこい話をしてごめんね」
「いえっ、勉強になります」
 宣伝関係の仕事をしていると、数百万、数千万という金額がひょいひょい飛び交うため、細かいお金に鈍感になりがちだ。
 だけど特約店では、一円でも多く利益を出すべく努力が行われている。我々が斡旋する販促ツールが、そこをおろそかにするわけにいはいかない。
 そのとき、昼休みを知らせるチャイムが鳴った。キンコンカンコンという、小学校以来耳にしていなかったような昔ながらの音だ。
 都心に勤めるいい歳をしたサラリーマンたちが、この音に動かされているのかと入社当時はぎょっとした。
 慣れてくると、時報といったらこれでしょ、と思えてくるから不思議だ。
 節電のためとのことで、フロアの電気も消される。フロアの二面がほぼ窓なのに、建物が古いせいで天井が低く、窓自体が小さい。すなわち光が入らない。電気を消すと、晴れた日でも本も読めないほど暗くなる。
 こうなると仕事もできない。ちょうど話も終わったのでサンプルを片づけ、辞去しようとしたら、蔵寄さんがドアのほうを指さした。
「よかったらランチ、行かない?」
「えっ!」
 蔵寄さんとランチ!
 一般職という雇用区分を廃止してから数年、この会社は技術職以外に新卒の女性社員がほとんど入らなくなり、空白の期間があった。
 そこに私がぽっと入社したため、わりと目立つらしく、他部署のおじさまがたからもなにかとこういうお誘いをいただく。物珍しさもあるだろうし、若手をかまいたいという古きよき文化の表れでもあると思う。
 だけど蔵寄さんが誘ってくれたのははじめてだ。
「じゃあ、席に戻ってお財布取ってきます!」
「お財布なんて使わせないよ。それ、俺の席で預かるからこのまま出よう」
 私のPCとサンプルを指して、にこっと笑う。
 お顔以外も本当にパーフェクトだ。

「第二総務部?」
「はい。聞いたことあります?」
 隣のビルの地下にレストランフロアがある。牛タン焼肉や中華料理といったお店が並ぶ中、蔵寄さんは英国風の喫茶店に私をつれて入った。