ちなみに学生時代住んでいたマンションのほうがグレードが高かった。家賃を親が出してくれていたからだ。今思えば、ぜいたくをさせてもらっていたのだ。
 縦長の建物のため、ひとフロアに三部屋しかなく、そこも気に入っている。隣人と行き合わせたのは、これまでに数えるほどだ。
 七階の、エレベーターを降りてすぐの部屋に入り、バッグを置いて手を洗う。続いて部屋着に着替えた。
 部屋には机がある。パソコン机ではない、引き出しのついた学習机だ。実家で使っていたのと似たものを、上京したときに買った。
 小さいころから机で本を読んだり空想したりして過ごしてきたので、当然と思ってそうしたのだけれど、ワンルームのひとり暮らしでこういう机を使っている人はあまりいない。学生時代にそれを知って驚いたものだ。
 だけど広々した天板には本も並べられるしペン立ても置ける。引き出しは雑誌などをしまっておくのにちょうどいい。学習机はいいぞ。
 PCも持ってはいるけれど、レポートを書くこともなくなった今、引き出しにしまいこまれたままだ。
 さて。その学習机に向かい、私は手帳サイズの小さなノートを開いた。第二総務部についてわかったことやわからないことを書き留めるために、最近買ったものだ。
 新しいページを開き、ボールペンで『任務』と書きこんだ。
「いやいや、マジか……」
 また独り言がもれた。頭の中で、柊木さんの声が響く。
『きみに任務をさずける』
 食堂での別れ際、廊下の片隅で彼は私にそう言った。
『はっ?』
『食堂を運営しているのは、カクワフーズという企業だ。ここに対してうちの人事部が発行した発注書、および発注書と対になる納品書があるはずだ。それを手に入れてほしい』
『私がですか!?』
『わー、初仕事だ。がんばってね』
 佐行さんが無邪気に手を叩く。私は慌てた。
『あの、でも、手に入れるって、どうやって』
『それを考えるところからが仕事だ』
『人事部には知られずに、ですよね、もちろん』
 腕組みをし、柊木さんがうなずく。
『本社の食堂の料金は、一部を福利厚生費として会社が負担している。おそらく今は三割ほどだ。つまり俺たち従業員は、正価の七割の値段で食べていることになる』
 そうか、三百五十円であの定食が食べられるなんて、いくらなんでもお得すぎると思っていたら、残りを会社が負担していたのか。なるほど。