残念、と肩を落としつつ、お箸、お椀、とそれぞれ区分けされているシンクに食器を入れていく。私の隣にいた男性社員が、厨房内に声をかけた。
「ねえ、最近どうしたの。昼メシだけが楽しみなんだからさ、がんばってよ」
中にいた白い帽子と割烹着姿のおばさんが、次々に放りこまれる食器を洗浄用のたらいに移しながら、悲しそうに言った。
「ごめんね、予算が減っちゃったのよ。なんとかしたいんだけど」
頼むよー、と励まし、男性は同僚とおぼしき人たちと食堂を出ていく。
私はデザートスプーンを入れる場所をさがし、きょろきょろした。
「あった。前、失礼します」
柊木さんの前のたらいに手を伸ばしたときだった。
「食堂の予算は減ってなどいないはずだ」
なぜか微動だにせず佇んでいる彼が、つぶやいた。
「え?」
わずかに眉根を寄せ、目の前の洗浄シンクを見つめたまま、柊木さんは「佐行、阿形」と呼んだ。食器を流しに放りこんでいたふたりは、呼ばれることがわかっていたかのように、「はい」と声をそろえ、柊木さんに視線をそそぐ。
じっと指示を待っているその様子に、感銘を受けた。
柊木さんは本当に、彼らのリーダーなのだ。
静かな声が告げた。
「調べるぞ」
「はい」
シンクの水音と厨房の騒音、テレビから流れだす爆音。それらに紛れるようにして交わされた、ひそかなやりとり。
私は、第二総務部の新たな仕事の始まりを目の当たりにしたのだった。
「いやいやいや。待って」
その日の帰り道、私は独り言をくり返していた。
「いや……いやいや」
本社には、社宅はあるけれど独身寮はない。交通費は全額支給だけれど住宅手当は出ない。必然的に、社員はあまり会社の近くには住まず、ほどよく都心を離れ、ほどよく家賃の下がるエリアを選ぶ。
さいわい会社の最寄り駅から私鉄で西にひと駅移動すれば、閑静な住宅街の広がる落ち着いた街に着く。私の住むマンションもそこにある。
駅歩十五分の、七階建てのマンション。けっして築浅とはいえないけれど、私よりはぎりぎり若い。
六畳のフローリングの外にキッチンと独立したトイレ、浴室があり、管理費込みで七万七千円。社会人二年目の住まいとしてはぜいたくなほうだろう。七づくしで縁起もいい。
「ねえ、最近どうしたの。昼メシだけが楽しみなんだからさ、がんばってよ」
中にいた白い帽子と割烹着姿のおばさんが、次々に放りこまれる食器を洗浄用のたらいに移しながら、悲しそうに言った。
「ごめんね、予算が減っちゃったのよ。なんとかしたいんだけど」
頼むよー、と励まし、男性は同僚とおぼしき人たちと食堂を出ていく。
私はデザートスプーンを入れる場所をさがし、きょろきょろした。
「あった。前、失礼します」
柊木さんの前のたらいに手を伸ばしたときだった。
「食堂の予算は減ってなどいないはずだ」
なぜか微動だにせず佇んでいる彼が、つぶやいた。
「え?」
わずかに眉根を寄せ、目の前の洗浄シンクを見つめたまま、柊木さんは「佐行、阿形」と呼んだ。食器を流しに放りこんでいたふたりは、呼ばれることがわかっていたかのように、「はい」と声をそろえ、柊木さんに視線をそそぐ。
じっと指示を待っているその様子に、感銘を受けた。
柊木さんは本当に、彼らのリーダーなのだ。
静かな声が告げた。
「調べるぞ」
「はい」
シンクの水音と厨房の騒音、テレビから流れだす爆音。それらに紛れるようにして交わされた、ひそかなやりとり。
私は、第二総務部の新たな仕事の始まりを目の当たりにしたのだった。
「いやいやいや。待って」
その日の帰り道、私は独り言をくり返していた。
「いや……いやいや」
本社には、社宅はあるけれど独身寮はない。交通費は全額支給だけれど住宅手当は出ない。必然的に、社員はあまり会社の近くには住まず、ほどよく都心を離れ、ほどよく家賃の下がるエリアを選ぶ。
さいわい会社の最寄り駅から私鉄で西にひと駅移動すれば、閑静な住宅街の広がる落ち着いた街に着く。私の住むマンションもそこにある。
駅歩十五分の、七階建てのマンション。けっして築浅とはいえないけれど、私よりはぎりぎり若い。
六畳のフローリングの外にキッチンと独立したトイレ、浴室があり、管理費込みで七万七千円。社会人二年目の住まいとしてはぜいたくなほうだろう。七づくしで縁起もいい。