「こんにちは。留守電聞きました。品川の店舗でロケですって?」
「そうなんだよ。特約店の協力をあおぎたくて」
「大歓迎ですよ。店長にもさっき一報を入れておいたんで、宣伝課さんから直接連絡してもらってかまいません」
 うちの商品の主力市場は関東だ。その中でも〝南関東〟と区分される東京、神奈川、埼玉、千葉の一都三県が、全国の売上の半分を占める。
 関東エリアを受け持つ第一営業部において、その最重要市場である南関東を担当しているのが蔵寄さんだ。彼がいかに優秀かおわかりいただけるだろう。
 まあ彼だけではなく、四人で受け持っているのだけれど。
 リードマンと呼ばれる営業員は、受け持ちの地域の特約店本社はもちろん、すべての店舗に足しげく通い、販売の現場でなにが起こっているのかを把握している。そしてメーカーである天名インダストリーと現場の間に立ち、交渉役や連絡役を担う。
 彼らから上がってくる現場の声は、無視してはならない神の声と言われる。
 東京特約店は、全国でもっとも大きい特約店だ。メーカー本社のお膝元を市場としていることもあり、我々は販売以外でもなにかとお世話になる。
 たとえば社有車の登録やアフターサービスはすべて東京特約店に任せているし、今みたいに、テレビや雑誌の撮影に協力してもらうこともしょっちゅうだ。
 テレビ担当の宣伝課員もまじえて少し話してから、蔵寄さんは「それじゃ」と課長の席を離れた。何人かと軽いやりとりを交わしながらこちらへ来る。
「や。連休は楽しめた?」
「実家に帰ってごろごろしてました」
「いいね」
 にこっと微笑まれると、怠惰な連休の過ごしかたも、じつはそれはそれで有意義だったんじゃないかと思えてくるから不思議だ。
 今はその文化も廃れたのだけれど、かつてこの会社では入社すると三年間、特約店に出向して販売店でセールスマンをしていた。優秀な人はその時点から頭角を現し、バンバン売り上げて惜しまれながらメーカーへ戻ってくる。
 蔵寄さんもセールス時代は、売りまくって社長賞をとった人のはずだ。そういう情報はなんとなく流れてくる。
 やっぱり営業として成功する人は、わざとらしさなどまったくなく、人をいい気持ちにさせるスキルを備えているんだなあ、なんて感心してしまう。
「ね、そういえばさ」
 ふと秘密の話でもするみたいに、蔵寄さんが少し身を屈めた。