階数表示を見上げながら話す口調は、淡々としている。
「結局は、彼の良心が、盗みに耐えられなかったともいえる」
「すごくいい営業さんだったんですよー、細やかで明るくて。きっと次の職場でも活躍しますね」
「さあ。金に困れば同じことをくり返す可能性もある」
「彼の味方じゃないんですか」
 彼は肩をすくめた。
「味方か味方じゃないかでいったら、どちらでもない」
「救いの手を差し伸べたじゃないですか。二回も」
 横顔だと、眼鏡に邪魔されず顔のつくりを観察できる。もしかしてとても整った顔立ちなのではないかと思った。
 少し沈黙してから、柊木さんは急にしゃべりだした。
「昨今、ティー・ティーのような古参のドリンクサービス事業は青息吐息だ。より便利なオフィスコンビニやベンチャーの新規参入が激しいから」
「そうなんですか」
 ティー・ティーは大手飲料メーカーの子会社だ。安泰だと勝手に思っていた。
 エレベーターがだんだん近づいてくる。彼はどこへ行くつもりなんだろう。
 ふと彼が自分の腕を見下ろした。私は袖をつかんだままだったことに気づき、急いで手を放した。シワのついた袖をじっと見つめたものの、それを直すでもなく、彼は再び階数表示に視線を戻す。
「経営が失敗した結果を従業員に負わせる会社はゴミだ」
 ゴミ……。
「竹崎さんは、そのゴミに苦しめられてたわけですね」
「そう」
「そこで柊木さんは、彼をゴミの競合である会社に入れた」
「入れてはいない。ルートをつくっただけだ」
 妙なところが細かいんだよな。
 私は「なぜ、そんなことしたんです?」と尋ねた。答えてくれないだろうな、という予想を再び抱きながら。その予想はまたしても裏切られた。
「バランスをとりたかったから」
 ぽかんと口を開けて、その言葉を咀嚼した。とりたかったから。そうしたかったから。第二総務部の口から、そんな言葉が聞けるとは思わなかった。
 すべきとか、しなければならないとかじゃないんだ。
 彼らの行動原理が、そんな純粋なものだなんてこと、ある?
 ついにポーンとチャイムが鳴り、扉が開いた。彼が私をちらっと振り返ったので、その姿がいきなり消えたりしないか警戒しつつ、私は先に乗りこんだ。
 彼はちゃんとあとから乗ってきた。
「何階ですか?」
「六階」
 六階……? 私と同じ行き先?
 眉をひそめつつ、階数ボタンを押す。