口の開いた封筒を傾け、彼が中をちらっと確認したとき、私にも見えた。一万円札だ。少なくとも二、三枚ではない。たぶん十枚近く。
 なぜ今、金銭の授受が。
 まさか、恐喝の現場的なものに居合わせてしまったのでは、と怯む私をよそに、柊木さんが静かに尋ねる。
「この金をどこから?」
 バッグのファスナーを閉めながら、竹崎さんは恥ずかしそうに微笑んだ。
「退職金です」
「えっ……、会社を辞められたんですか?」
 つい声を漏らしたのは私だ。担当変更があったのは、そういうわけだったのか。
 柊木さんが再び封筒の中に目をやり、問いかける。
「次の職は?」
「決まっていません。とにかくもう、罪の意識から逃れたくて、正直に会社に報告し、辞めさせてもらいました。会社は退職者を募っていましたから、あっさりと」
「そうですか」
「あの、あの、すみません」
 私は耐えきれず、挙手して流れをさえぎった。
「話がちょっと見えてないんですが……そのお金は、なんですか?」
「え?」
 竹崎さんが驚いた顔で、私と柊木さんを交互に見る。柊木さんは私には目もくれず、他人事みたいな態度だ。
「そうか……生駒さんはご存知なかったんですね」
「ご存知ないです……」
「このお金は、この方が貸してくださったものです。そのおかげで、私は金庫の中のお金に、手をつけずに済みました」
 思わず柊木さんのほうを見た。直立不動の姿勢が、私の視線に応じるつもりはまったくないと言っている。
 第二総務部はお金も貸すのか……。まさかこの人のポケットマネー?
「こんなことをお聞きして、あれなんですが、そもそも、どうして……」
 言葉を選びかねる私の聞きたいことを、竹崎さんはすぐに汲んでくれた。
「お恥ずかしい話ですが、会社は業績不振続きでして。昇給どころか、なにかと理由をつけて給与が減る一方です。社宅などの福利厚生も手薄になり、それでもなんとかやってきましたが、今月はとくに収入が少なく、生活費の支払いができない状況に追いこまれまして……」
「なるほど、それで」
「目先の支払いさえなんとかすれば、来月の給与でまたやりくりを回復させられると思ったんですよね。そんな発想が出る時点で、私はもうダメだったんです」
 話しているうちにうつむきがちになっていた彼が、またぱっと顔を上げた。