エレベーターのボタンも鈍く輝く真鍮製だ。阿形さんがボタンを押すと、リンゴーンと典雅な音がした。
「ないんですか?」
「前、他社の男性にラブレター渡してくださいってのがあったよね」
「あった。俺が渡しに行った」
「えっ、どうやって?」
「バイク便のスタッフになりすまして」
 なんでもないことのように阿形さんが言う。もはや特殊部隊だ。
「そのおふたりって、どうなったんですか?」
 ふたりが顔を見合わせ、肩をすくめる。口を開いたのは阿形さんのほうだ。
「依頼した女性は、親の介護で実家に帰らなきゃいけなくなって、悩んだ末に手紙を俺たちに預けたんだ。中身を読んだわけじゃないけど、連絡先は書いてないって言ってた。だから受け取ったほうは、返事をしようにもできなかったはず」
「……そんな」
 それ、切なくないですか。
 私の気持ちを読み取ったみたいに、「切ないよねー」と佐行さんが微笑む。
 最初、手紙くらい自分で渡したらいいのに、と思ってしまった自分を恥じた。それができないから彼らに依頼し、それをわかっているから彼らも受けるのだ。
「みなさんって、学校だったら絶対〝〇神さま〟みたいな名前がついて崇められてますよね」
「言っとくけど、依頼自体、かなりレアだからね。あれは俺たちの本業じゃないよ。おまけのサービスみたいなもの」
「やっぱりそうなんですか!?」
 阿形さんの言葉に、思わず大きな声を出してしまう。
 うすうすそんな気はしていた。
 私が言うのもなんだけれど、そもそもあんな学園の七不思議みたいな噂を信じて伝言板に書きこむ人なんてそういないだろうし、そんなに頻繁に願いごとが叶っているのなら、噂はもっとたしかなものとして流布するはずだ。
 なにより、他人の願いごとを叶えるだけで、彼ら三人の時間が埋まるわけがない。
 じゃあ、なにが本業なの? まさか本当に秘書? だけど秘書室にいる様子もない。
 質問する前にエレベーターがやってきた。乗りこむ際、もう一度周囲を確認する。怪しげな人はいない。そういう人が入りづらいから、柊木さんたちはこのホテルを選んだんだろう。
 エレベーターの中も、ロビーと同じ雰囲気の優雅さだった。赤いビロードに包まれたベンチのようなものまである。座っていいってことだろうか。
「真栄ちゃん、無事見つかるといいなあ。現役時代、推してたんだよねー、俺」