「あのメモの文字って、わりと普通じゃなかった?」
 私はジャケットのポケットから名刺入れを取り出した。いつでも見られるように、メモをそこに入れてあるのだ。
 彼の言うとおり、筆跡はいたって普通だ。私がこれまで出会った、左手で書かれた文字の特徴として、丸い、おおらか、右下がりになりがち、などがある。メモの文字はこの中のどれにもあてはまらない。
 正方形にぴったり収まるより、少し縦長の文字。メモ用紙を透かしたりインクの跡を光にかざしたりして確認できた限りでは書き順も正確。
「でも、ここを見てください。”氏名”の”氏”の三画目の横棒です。線が右から左へ書かれた様子があるの、わかりますか?」
 私が見せたメモ帳に、蔵寄さんが鼻が触れそうなほど顔を近づける。まあ、その鼻の形の完璧さといったらない。横顔の造形がまるで雑誌の一ページだ。
 彼が姿勢を戻し、うなずいた。
「なるほど。一画目に引きずられたのかな」
「本人のくせなのか、たまたまなのかはわかりませんが。ただ、右手で書く身からすると、しないアレンジではありますよね」
「左利きの根拠は、それだけ?」
「今はもうわからなくなっちゃったんですけど、もらった当初、メモ帳の左上が、右上に比べて、若干くるんと反っていたんです」
「ああ、つづりのメモ帳をはがすと、なるね」
「はい。左上が丸まっていたということは、おそらく破りとるとき、こういう……」
 私は左手で、メモパッドを右端からはがすしぐさをしてみせた。
「……方向に引っ張ったんです。つまり左手で破りとったんですよ」
 蔵寄さんが私と同じしぐさを手元で何度かくり返し、やがて腕組みをして天井を見つめた。それから私に顔を向ける。
「もしかして生駒さんって、推理小説とか好き?」
「わかります?」
「生き生きしてるもん、語ってるとき」
 私は反応として正解なのかわからなかったものの、えへへと照れた。
 自慢じゃないが、大好きだ。古今東西、探偵や警察の出てくる物語が好きで、将来は興信所の調査員になろうと、学生時代に真剣に考えたほど。
 とはいえ……。
「実際やってみると、小説のようにはいきませんね」
「左利きってことに気づいただけでも、じゅうぶんすごいよ」