再びまわりを見回す。雑誌記事の校正をしている隣の席の先輩。広告代理店と電話しているらしい主任……、なにもかも日常だ。
 ひとりだけ、宇宙でも旅してきたような気分だった。
 私は、第二総務部と対決するんだ!

 ……いや、この条件、だいぶ不利じゃない?
 一週間後、私はまだこれといった答えにたどりつけず、悶々としていた。
 かろうじて仕事はこなしているものの、寝ても覚めても頭の中は第二総務部のことばかり。社内でちょっと知らない顔を見かけると、もしやと思い、後をつけてしまったりする。
 よほど鬱々とした顔をしていたのか、刷りあがったDMを配布しに営業部へ行ったら、蔵寄さんがまたランチに誘い出してくれた。
 今日はおうどん屋さんだ。
「いっそ対決しなければ、詮索の権利も奪われないのではと思いはじめています」
「それ、姿勢でもう負けてるよ!」
 すっかり志の低くなった私に、蔵寄さんが思わずといった感じの叱咤(しった)をくれる。
 ちなみに彼には第二総務部から電話をもらった直後、そのことを報告してある。日ごろ穏やかで、いつもゆったりかまえている雰囲気の彼が目を丸くして、『そんなこと、あるんだ』とわずかながら興奮を見せたので、私はますます奮起した。
 五月が見えてきて、だいぶ暖かい。うっかり名物の味噌煮込みうどんを頼んでしまった私は、鼻の頭の汗を紙ナプキンで拭きながら、今度蔵寄さんと来ることがあったら冷たいうどんにしようと決めた。
 ため息が出る。どう考えても不利だ。
 こっちはなんのヒントもないところから正解を導き出さないといけない。そもそも”正体”とは、どの程度の情報のことを言うんだろう? 私はどこまで彼らのことを知りたいんだろう?
 カウンターに並んで座る蔵寄さんが、お冷のおかわりをそそいでくれる。
「ありがとうございます」
「推理のほうはどう、見込みなしなの?」
「うーん……、いかんせん情報がなさすぎて、っていうところです。思いついたことをぼちぼちまとめてはいるんですけど」
「たとえば?」
「あのメモを書いた人はたぶん、左利きです」
 蔵寄さんが、食べる手を止めた。
「……どうしてそう思うの?」
「左利きというか、書くことにかんしては左手を使ってそう、くらいなんですが。ちょこちょこ、そうなんじゃないかなっていう特徴が」