アラームが鳴っている。
 おかしいな。あたしは普段、アラームを使わない。姉や妹も、目覚ましには音楽をかけている。
 起きたくない。夜更かしした目が疲れている。頭がぼんやりして、眠気が去っていかない。
 あたしはベッドの上で丸くなった。頭を抱えるように、手で耳をふさぐ。
 ……あれ?
 額に何かが触れた。温かくて硬いけれど弾力がある。
 何だろう? 枕?
 ギシッとベッドが軋んだ。あたしじゃない誰かが、ベッドの上で動く気配。
「……え? ちょ、ま、うわっ」
 声が、すぐそばから聞こえた。男の子の声が。
 はい?
 ちょっと待って。男の子?
 一瞬で眠気が吹き飛んだ。あたしは目を開ける。布地にプリントされた文字が見えた。顔を上げる。ほとんど至近距離に、目をまん丸に見開いた壮悟くんの顔がある。
 病室の狭いベッドで、体を寄せ合うように向かい合っている。ちょっと身じろぎしたら、くっついてしまう。実際、ひざが少し触れていたりして。
「……ひぁっ……!」
 あたしは、のどの奥で悲鳴をあげて飛び起きた。壮悟くんは、あたしに背を向けて体を縮めた。
「見んなっ! こっち、絶対に見んなよっ! あ、朝はコレ仕方ないんだからな? 誤解するなよ!」
 ニット帽からのぞく耳が真っ赤だ。首筋まで赤い。あたしも同じ色になっていると思う。顔が熱くて、どうしようもない。
「あ、あああたし、ゆうべ、動画観てて、いつの間にか、ね、寝てたみたいでっ」
 外れたイヤフォンが枕元に落ちている。
 壮悟くんは掛け布団を体の前に巻き取って、抱き枕みたいに抱きかかえた。
「ああぁぁっ、もう、おれ最悪。何なんだよ、これ? 考え付く中でいちばんカッコ悪ぃじゃん。夜中じゅうチャンスあったのに寝てたとか」
「な、なな何言ってるんですかっ?」
 思わず張り上げた声が、ピィン、と響いた。口を押さえる。まずい。あたしがここにいること、バレたくないのに。
 壮悟くんが少しだけ、こっちへ顔を向けた。やっぱり真っ赤だ。涙ぐんでいるようにも見える横目で、じっとあたしをとらえる。
「好きな女が隣に寝てて、しかもすげぇ無防備で、パジャマで。なのに熟睡してたとか、おれ、十代の男として失格じゃん」
「い、い意味が、わからないんです、けど……」
「まあ、どうせ、どさくさまぎれに襲うなんてことができるタマでもないし。とはいえ、普通、悶々として一睡もできねぇとか、そういうシーンだよな、これ」
「や、やややめてください」
 壮悟くんはまた、そっぽを向いた。
「目、腫れてるぞ。顔洗えば、マシになるんじゃねぇの?」
「……そうさせてもらいます」
 この顔のほてり、早く引いてほしいし。
「洗面台の棚のタオル使って。洗ったばっかだから」
「ありがとうございます」
 冷たい水で顔を洗う。普段どおりの手順で丁寧に、ばしゃばしゃとやっているうちに、だんだんと頭の中が落ち着いてきた。顔をタオルで拭く。
 病室の外は、すでに朝の気配だった。看護師さんたちが、もう働いている。まもなく朝ごはんの時間だ。今さら、こっそり自分の部屋に戻るのは無理だと思う。
 一つ、嘘をついてしまおう。そう心を決めたとき、廊下の向こうで足音がした。子どもたちがやって来る足音だ。インターフォンが鳴る。
 壮悟くんはインターフォンに応えない。二度、三度とインターフォンが鳴る。布団を抱えて転がった壮悟くんは、じっとしている。
 突然、問答無用でドアが開けられた。
「おっはよー! って、あれ? どうして優歌ちゃんがいるの?」
 望ちゃんを先頭に、勇大くんと理生くんが踏み込んできた。あたしは三人に、ニッコリ笑ってみせた。
「今日はあたしが一番乗りでした。壮悟くんを起こしていたところですよ?」
 嘘だけど、微妙に嘘でもない。あたしが三人より先にここにいたんだし、あたしが壮悟くんを起こしたことに違いはないし。
 理生くんが、ほわんと微笑んだ。
「優歌ちゃん、熱が下がったんだね。今日はみんなで過ごせるね」
 容赦なく、勇大くんがベッドに突進した。壮悟くんの背中に飛び付く。
「起きろー! 起きないと、くすぐり攻撃だぞ!」
「ちょっ、おい、脇腹はやめろっつってんだろ!」
 壮悟くんが慌てて勇大くんを引っぺがす。でも、今度は理生くんもベッドに上がり込んだ。はしゃぎながら壮悟くんにくっつく。
「ねえねえ、今日もサムライの話、聞かせて」
「わーったから、くっつくな。暑苦しいんだよ!」
「昨日の続き、早く聞きたいんだ。ぼくみたいな胸の病気だけど最強の剣士、オキタ・ソージ、カッコいいよね。聞かせてくれるって言ったよね? オキタ・ソージの仲間の剣士たちの話」
 こんなに目を輝かせている理生くんは久しぶりだ。勇大くんも、望ちゃんたちとじゃれるとき以上に、全身でバタバタ暴れている。
 壮悟くんは、勇大くんと理生くんに抱き付かれて、うるせーと言いながら、不意に笑った。
 初めて見た顔だ。初めて見たけれど、なつかしくて、あたしは目を奪われる。
 じわっと、胸がくすぐったく、熱くなった。あたしは素早く涙を拭いて、一つ深呼吸をして、腰に手を当てた。
「こら、みんな声が大きいですよ? 騒いでいないで、早く食堂に行きましょう。今日は壮悟くんも来ますよね?」
 壮悟くんが、途端に顔をしかめた。ぷいっと横を向く。沖田さんに似た横顔。とがらせた唇の形は、壮悟くんだけのもの。
「年上ぶるなよ。行きゃいいんだろ」
 吐き捨てるような言い方だったけれど、望ちゃんも勇大くんも理生くんも、大喜びでバンザイした。