「よかったです。壮悟くんが病気を治すことを選んでくれて、治療するための道が拓かれて、すごくよかったって思います」
 壮悟くんはひざの上に肘を載せて、頬杖を突いた。
「よくない。計画が狂った。最年少でシナリオオーディションに通って、彗星みたいな新人って触れ込みで配信されて、しかもそのときにおれがもう死んでたら、絶対、おれは伝説になれた。そういう存在の証明法もありだと思ってて」
 言葉を切る。あたしは口を開きかける。それを封じるように。壮悟くんは再び語り出す。
「実際、本気で必死になって、全力で感情込めて書いたんだ。自分でも怖いくらいだった。沖田が死ぬシーン、あれが動画として実現したら、おれも本当に死ぬかもしれないっていう気がしてた。そんだけ入れ込んでたんだ」
「でも、壮悟くん、今」
「生きてる。すげぇ不思議なことに、生きてる。沖田は、おれじゃなかった。運命に殺されたのは、沖田だけだった。置いてかれた気分だよ。おれ、どうすりゃいいんだろう?」
 物語の登場人物が死んだら、作者も一緒に死ぬ。おとぎ話みたいな、ありえない話だ。でも、笑い飛ばせない。壮悟くんはきっと本気で信じていたから。壮悟くんの物語には実際それだけのチカラがある、とも思う。
「沖田さんに、ありがとうって言いたいです。壮悟くんのこと置いていってくれて」
「何だよ、それ?」
「沖田さんにも生きてほしかった。二百年前、あんな寂しい亡くなり方をして、本当には手が届くはずのない人なのに、あたしは本当に悲しかったんです。でも、壮悟くんは、手が届くところにいる。難しい病気だけど、治せるんですよ」
 涙がまた、こみ上げてきた。タオルに顔を押し当てる。
 小さいころから病院と縁が切れない。あたし自身が死にかけたこともある。入院仲間の友達がいつの間にかいなくなっていたことも、何度もあった。
 運命なんだってあきらめて、受け入れているつもりだった。ドライなふりをして折り合いを付けて、死というものから目を背けられるようになった。自分の輪郭が曖昧になっていた気がする。上手に生きてしまっていた。
 そうじゃなくて、がむしゃらで一生懸命な生き方もある。めちゃくちゃな勢いがなきゃ生きられない。そんな人たちもいる。
 あたしはどんなふうに生きたいんだろう? あたしはまだわからない。よくわからなくなった。探さないといけないと思う。
 でも、ハッキリしているのは、隣にいる人にはあきらめてほしくないと願う気持ち。死んでもいいとか死のうとか死ぬかもしれないとか、その口からは聞きたくない。
 壮悟くんがいきなり、スリッパを脱ぎ散らして引っくり返った。あたしに背中を向けて、布団をかぶる。体を丸めているのに、背中が大きい。やせていても、肩がずいぶん広い。
「疲れた。寝る」
「壮悟くん、あのね」
「斎藤ルートの動画、観たかったら観ていいよ」
「えっ、斎藤さんルート? 気になります。観ていいんですか?」
「どーぞ。パスは壬生浪士《みぶろうし》の3264。フォルダもファイルも全部、同じパスだから。うるさいからイヤフォン使って」
 自分のじゃないコンピュータをさわるのはドキドキする。でも、壮悟くんは振り向いてくれないし。
 あたしはイヤフォンを耳に付けた。ナンバリングされた斎藤さんルートのうち、最初のファイルを開く。パスワードを要求されて、3264、と入力した。