「前にも言っていましたよね。白血病が再発して、死のうかと思ったって」
 壮悟くんの両手にキュッと力が込められた。
「これを書いた時期は、再発がわかった直後で、もう死ぬしかないなって本気で考えてた。でも今すぐじゃねぇよなって。賞を獲ってから死んでやるんだって、覚悟決めて書いてた」
「最初から賞を狙って書いてたんですか」
「だって、賞金と印税があれば、妹の高校の学費を出してやれる。それと、知名度。この一回限りでいいから、おれは書き手として世の中に価値を認められて、そしたら死んでいいなって思ったんだ」
「死ぬ死ぬって、そんな簡単に言わないでください。病気に絶望していたからですか?」
「病気そのものに絶望したんじゃないよ。おれ、うぬぼれてるから」
「うぬぼれてる?」
「自分の書くものが誰の作品よりも好きだ。これを世に出さないまま死ぬのかよって、そのことに絶望した。書き手としての価値を認められたい。そうじゃなきゃ、死ぬに死ねない。認められたら、価値があるって言われたら、もういい。死んでいい」
 あたしはタオルをきつくつかんだ。止まりかけていた涙が、またあふれた。
「イヤです。死んでいいなんて言葉、聞きたくない!」
 ビリビリと空気が震える。あたしの声が、暗く白い壁に反響した。壮悟くんが、あたしを見下ろして顔をしかめた。
「静かにしろ。夜中だぞ。しかも、おれの部屋でデカい声出すなよ」
 あたしは声のヴォリュームを絞った。
「壮悟くんは一本のシナリオで十分と思ったかもしれませんけど、あたしはそうは思いません。誠狼異聞が好きです。壮悟くんの書く物語、もっと見たい。たくさん読みたいし、プレイしたい。もうこれで死んでいいなんて自己満足、認めません」
 壮悟くんのしかめっ面が、また険しくなった。
「自己満足? いいじゃん。どうせ、物書きっていうのは自己満足のかたまりなんだよ。誠狼異聞に、何かメッセージでも感じた? でも、おれは、ごたいそうなもん込めたつもりはないから」
「どういう意味ですか?」
「倫理的とか道徳的とか教育的とか、誰かが感じたとしても、おれはただ自分の好きなように、自己満足だけで書いた。おれは自分の頭の中身が好きで、すげぇ見せたくて、見せる手段があって。こんなのってさ、おれ自身とおれの書いたものって、自己満足以外の何?」
 意図的に込められたメッセージがないとしても、彼の好きな彼自身の中にはメッセージがあふれている。語りたい言葉。伝えたい情景。譲れない信念。解きたい疑問。
「でも、あたしは共感しました。壮悟くんの自己満足に触れたから、あたしの中で眠っていた信念だとか、目を背けていた疑問だとか、いろんなものと向き合えました。壮悟くんと対話をしたようにも感じました。同じ一つの思いについて語り合ったみたいに感じたんです」