真夜中の小児病棟を、あたしは走った。
 新撰組との冒険を終えて、今、あたしは一つの確信を胸に、走っている。壮悟くんが何を思いながらこの物語を書いたのか。確信がある。わかってしまった。
 壮悟くんは病室の扉の前にいた。
「来る気がしてたよ」
 壮悟くんは、イージーパンツのポケットに手を突っ込んでいた。
 涙で声がふさがったあたしは、壮悟くんのTシャツの胸をつかんだ。指先に体温を感じた。生きている本物の命だ。
 壮悟くんは目をそらした。
「中、入れよ。見回りの看護師が来たら面倒だし」
 あたしはうなずいた。
 ベッドのサイドテーブルに起動中のコンピュータがあった。壮悟くんはベッドに腰を下ろした。掛け布団は跳ね除けられている。
「あんたも座れよ」
 言われるがままに、あたしは壮悟くんの隣に腰掛けた。壮悟くんが、あたしにタオルを差し出した。
「使いなよ。洗ったばっかりのやつだから」
「……ありがと」
 白いタオルは柔らかい。泣きすぎてぐすぐすした鼻にも、かすかに柔軟剤の匂いがかぎ分けられた。
 ここは現実だ。手ざわりも匂いもある。沖田さんを看取った二百年前の世界じゃない。
 少しずつ涙が引いていく。
 壮悟くんはコンピュータに手を伸ばした。パスワードを必要とするフォルダを開くと、動画ファイルがズラリと収められていた。
「これ全部、誠狼異聞のプレイ動画。あんたたちのテストプレイのやつだ。沖田のルートをライヴで観て、その後で斎藤ルートの録画を観るのが日課だった。やっぱ、ピアズはクォリティ高いな。おれが書きたかったとおりの世界に仕上がってる。動きも声も絵も、全部」
 あたしは深呼吸した。早く泣き止まないと、のどを痛める。
「すごく苦しくて、何度も泣きました。つらくて悲しくて。でも、好きでした。沖田さんも、斎藤さんも、あの残酷な世界そのものも全部、大好きでした」
「そう。なら、よかった」
 そっけなく壮悟くんは言った。沖田さんに似た横顔がひどく淡々としている。
 あたしはもう一度、深呼吸した。言わないといけない。つなぎ留めないといけない。
「壮悟くん。死のうと思っていたんでしょう? 沖田さんや斎藤さんの運命を描きながら、自分の死について考えていたんでしょう?」
 沈黙が、まずあった。
 壮悟くんは画面に目を落としたまま、何の操作もしない。十五秒か二十秒が経過して、画面が一段階、暗くなる。
 ふっと、壮悟くんは肩の力を抜いた。
「そうだよ。死ぬつもりだった」
「やっぱり」
 壮悟くんは、ひざの上で両手の指を組み合わせた。祈りの形に似たその手を、あたしは見つめた。
「このシナリオが世に出て認められたら、もう十分だって思ってた。おれが存在したという事実をこの物語が証明したら、それでもう、死んだって後悔しないし、死ぬのは怖くない。そんなふうに思いながら、あの話を書いた」
 死という運命の描き方があまりにも鮮やかでリアルで、手に取るようで、真に迫っていた。胸を直接、揺さぶられた。それも当然だったんだ。死という運命を隣に置いて書かれた物語だったから。