斎藤さんは地面にひざをついて、沖田さんを抱え起こした。ホロリと、はがれるように、沖田さんの体から黒いものが落ちる。ボロボロになった黒猫のヤミだ。
 ヤミが薄く目を開けた。金色のきらめきが何かを見ようとして、ゆらゆらと揺れた。その目は何もとらえないまま、焦点が拡散する。黒猫は青い光になって消えた。
 アタシは斎藤さんのそばに座った。目を閉じた沖田さんの、布地の裂けた着物の胸が、確かに動いている。
 ラフ先生とシャリンさんとニコルさんが駆け寄ってきた。斎藤さんは、刀傷の走った顔を、くしゃりと歪めた。
「ヤミが身代わりになった。傷も全部持っていってくれた。環断《わだち》で断って、魂が、円環から解放された。今世でいちばん救いたかった魂が……」
 そう。沖田さんの右手の甲の円環は、すでにない。
 斎藤さんの目から涙がこぼれる。泣き顔が見えたのは一瞬で、斎藤さんは沖田さんの肩口に顔を伏せた。
「沖田さん、オレたちの命は、どうして刀の道しか歩めないんだろう? まっすぐな一本道しか行けず、譲り合うことも引き返すこともできない」
 そのまっすぐな生きざまを、美しいとたたえるのは悲しすぎる。愚かと呼ぶのは簡単だから、胸が痛い。
 運命の歯車は回り続けて、誰にも止められない。誰にも変えられない。生き残れば、生き延びれば、生き続ければ、先に逝った仲間への罪悪感が募る。
 仲間の肩にすがって、斎藤さんは静かに泣いている。その背中には大きすぎるものがずっしりと載っている。声を上げて泣いてもいいのに、斎藤さんは黙って背負おうとする。
 ふと、足音が聞こえた。
 斎藤さんが顔を上げて振り返る。アタシもつられて、そちらを向いた。
「どうした、斎藤? 争う声と音がしていたようだが」
 駆け付けてきたのは、土方さんだった。野戦で汚れた格好をしている。研ぎ澄まされた厳しい表情、戦いの中でギラつく本気の男の顔が、前にも増して、土方歳三という人の美しさに彩りを添えている。
 近藤さんを喪った今、土方さんが指揮官だ。土方さんはアタシとラフ先生を見て、目を丸くした。
「ミユメとラフ? なぜこんなところにいる? 総司はどうした?」
 言い終わるかどうかのところで、土方さんは、斎藤さんに抱えられている沖田さんに気付いた。土方さんの顔色が変わる。
 斎藤さんが目を伏せた。
「土方さん、すまない。オレが沖田さんの最期の願いを奪った。一緒に戦うために、死を覚悟で来てくれたのに」
「総司は……」
「まだ生きている。眠っているんだ。次、目覚めるかどうか、もうわからない」
 土方さんはアタシを見た。
「ミユメとラフが総司をここへ連れてきてくれたのか?」
「はい」
「総司は寂しがっていたんだろう? あいさつもなく、放り出してきてしまったから。総司には安全な場所で療養して病に打ち勝ってくれればいいと、オレたちが願っていたのは本当だ。でも、散るならば戦場でと総司が願った気持ちも、オレたちはわかっている」
 土方さんは斎藤さんに目で合図した。斎藤さんはうなずいて、そっと沖田さんの体を草の上に寝かせた。立ち上がって、沖田さんを見下ろす。