にぎわう通りを抜けて、川べりに出て、穏やかな流れを見下ろしながら土手を歩く。
きらびやかな屋形船が一艘、着飾った芸子さんたちを乗せて、川を下っていく。芸子さんたちは、白い手をひらひら振った。あら、いい男たちねぇ。そんな黄色い声が聞こえてきそう。
沖田さんと斎藤さんは、顔を見合わせた。
――土方さんじゃあるまいし。
沖田さんが苦笑いして、あたしの手を引いた。斎藤さんは川と反対のほうを向いた。手を振り返すくらい、してあげたらいいのに。芸子さんたちの嫉妬の目がちょっと怖い。
だって、と沖田さんがあたしの顔をのぞき込む。
――浮気者はイヤなんでしょ?
うん。本当は、優越感が胸をくすぐっている。あたしのことだけを大事にしてくれるのが、すごく嬉しい。
川べりを離れて、小高い丘を上る。ああ、見えてきた。丘のてっぺんに桜の木があって、その下にもうみんなの姿がある。
近藤さんが真っ先に気付いてくれた。大きく口を開けて笑って、こちらへ手を振る。
土方さんは、紙と筆で両手がふさがっている。桜を見上げて、俳句を考えているみたい。
ニコニコ顔の源さんが、重箱のお弁当や桜餅を広げている。源さんのお手製かな。
さっと桜餅を奪った藤堂さんが、子犬みたいに駆けてくる。山南さんは、小鳥にえさをやりながら目を細めている。
春のそよ風。舞い散る桜の花びら。
沖田さんが走り出す。振り返って微笑む。
――早く行こうよ。
あたしも駆け出そうとした。でも、腕を引かれた。
――まだ、そっちじゃない。
斎藤さんに腕を引かれて、引き寄せられて。
急に、ふわりとあたしの体が浮いた。さーっと、かすかな音を立てて、情景が切り替わっていく。
あたしは白い褥《しとね》に横たわっている。彼はそのすぐそばにいて、あたしを見下ろしていた。右手であたしの額に触れる。
彼って誰? 沖田さん? 斎藤さん?
あたしは横たわっているの? 見下ろしているの?
少しひんやりした手が額に触れている。
「さいとうさん……」
声が出た。眠りが浅くなっている。イヤだ。夢を見ていたい。
あたしは彼の右手をつかまえる。大きなその手に頬ずりをする。
右は、斎藤さんの利き手じゃない。斎藤さんがあたしに触れるときは、口紅のときもそうだったけど、左手のはず。
ううん、ここにいるのは斎藤さんだ。だって、沖田さんは先に行った。あたしを引き留めたのは、斎藤さんだった。
あたしは再び夢に沈む。白い褥《しとね》の幻が消える。
額に、柔らかな感触があった。目を上げて、ビックリする。斎藤さんの唇が、あたしの額から離れていったところだ。
なまなましい、優しい感触だった。斎藤さんがあたしを見つめている。
――時が流れるさだめは変えられないが、こうして夢を見ることはできる。かりそめの平穏に過ぎなくても、人はときどき、優しい夢にすがらずにはいられない。
まなざしから流れ込んでくる切なさに、あたしは微笑んでうなずいた。斎藤さんは、壊れやすそうな笑顔を見せた。
桜色が舞っている。うららかな日差しの中で、あたしたちにひととき訪れた休息。
それは、まもなく醒める淡い夢。
きらびやかな屋形船が一艘、着飾った芸子さんたちを乗せて、川を下っていく。芸子さんたちは、白い手をひらひら振った。あら、いい男たちねぇ。そんな黄色い声が聞こえてきそう。
沖田さんと斎藤さんは、顔を見合わせた。
――土方さんじゃあるまいし。
沖田さんが苦笑いして、あたしの手を引いた。斎藤さんは川と反対のほうを向いた。手を振り返すくらい、してあげたらいいのに。芸子さんたちの嫉妬の目がちょっと怖い。
だって、と沖田さんがあたしの顔をのぞき込む。
――浮気者はイヤなんでしょ?
うん。本当は、優越感が胸をくすぐっている。あたしのことだけを大事にしてくれるのが、すごく嬉しい。
川べりを離れて、小高い丘を上る。ああ、見えてきた。丘のてっぺんに桜の木があって、その下にもうみんなの姿がある。
近藤さんが真っ先に気付いてくれた。大きく口を開けて笑って、こちらへ手を振る。
土方さんは、紙と筆で両手がふさがっている。桜を見上げて、俳句を考えているみたい。
ニコニコ顔の源さんが、重箱のお弁当や桜餅を広げている。源さんのお手製かな。
さっと桜餅を奪った藤堂さんが、子犬みたいに駆けてくる。山南さんは、小鳥にえさをやりながら目を細めている。
春のそよ風。舞い散る桜の花びら。
沖田さんが走り出す。振り返って微笑む。
――早く行こうよ。
あたしも駆け出そうとした。でも、腕を引かれた。
――まだ、そっちじゃない。
斎藤さんに腕を引かれて、引き寄せられて。
急に、ふわりとあたしの体が浮いた。さーっと、かすかな音を立てて、情景が切り替わっていく。
あたしは白い褥《しとね》に横たわっている。彼はそのすぐそばにいて、あたしを見下ろしていた。右手であたしの額に触れる。
彼って誰? 沖田さん? 斎藤さん?
あたしは横たわっているの? 見下ろしているの?
少しひんやりした手が額に触れている。
「さいとうさん……」
声が出た。眠りが浅くなっている。イヤだ。夢を見ていたい。
あたしは彼の右手をつかまえる。大きなその手に頬ずりをする。
右は、斎藤さんの利き手じゃない。斎藤さんがあたしに触れるときは、口紅のときもそうだったけど、左手のはず。
ううん、ここにいるのは斎藤さんだ。だって、沖田さんは先に行った。あたしを引き留めたのは、斎藤さんだった。
あたしは再び夢に沈む。白い褥《しとね》の幻が消える。
額に、柔らかな感触があった。目を上げて、ビックリする。斎藤さんの唇が、あたしの額から離れていったところだ。
なまなましい、優しい感触だった。斎藤さんがあたしを見つめている。
――時が流れるさだめは変えられないが、こうして夢を見ることはできる。かりそめの平穏に過ぎなくても、人はときどき、優しい夢にすがらずにはいられない。
まなざしから流れ込んでくる切なさに、あたしは微笑んでうなずいた。斎藤さんは、壊れやすそうな笑顔を見せた。
桜色が舞っている。うららかな日差しの中で、あたしたちにひととき訪れた休息。
それは、まもなく醒める淡い夢。