呼ばれた気がして、顔を上げた。
 鏡の中に、あたしが映っている。キュッと結い上げた黒髪は、姉に手伝ってもらって、自分で整えた。
 漆塗りの姫鏡台の前から立って、あたしはそそくさと玄関へ向かった。
 あたしを呼んだのは沖田さんだ。あたしの姿を見るなり、一瞬だけ驚いた表情をして、屈託なく笑った。
 ――優歌、その色、やっぱり似合うね。
 音も声もない。だから、あたしは気付く。これは夢だ、と。
 昔から、熱を出すと、長い長い夢を見る。そんな日の夢には、音も声もない。日常的なストーリーをなぞる夢だ。目が覚めても、クッキリと覚えている。
 あたしは幸せな気持ちだった。今日は一日じゅう、沖田さんたちと過ごせる。夢でいい。現実では出会えない人たちだから。
 着物のそでを広げてみせながら、あたしは少し調子に乗って、くるりと回る。
 浅葱《あさぎ》色の生地で、すそのほうに白い花模様が散りばめられている。沖田さんがこの着物を選んでくれた。流行りの色や柄はわからないけどって、ちょっと言い訳しながら。でも、優歌に似合う色ならわかるよ、なんて言って。
 あたしは沖田さんと一緒に、家を出た。玄関の外に、斎藤さんがいた。チラッとあたしを見て、かすかに微笑む。あたしの桜色の帯は、斎藤さんが選んでくれた。ガラス細工の帯留めも一緒に。
 沖田さんと斎藤さんはいつもの格好だ。こざっぱりした袴《はかま》姿で、腰には刀。にぎわう江戸の町を歩き出すと、あたしと同世代くらいの女の子は必ず振り返る。沖田さんも斎藤さんも、凛とした立ち居振る舞いがカッコいいから。
 つい昨日のこと。花見に行こう、と新撰組の面々に誘われた。近藤さんに場所を言われたのだけれど、江戸の町に不案内なあたしはわからなかった。
 ――じゃあ、ぼくらが迎えに行くよ。
 沖田さんが名乗りを上げてくれた。ぼくら、と言いながら、斎藤さんの肩を抱いていて、斎藤さんが目を丸くした。
 ――どうして、おれが?
 沖田さんは無邪気に笑いながら、一言。
 ――優歌のこと、気に入ってるでしょ?
 ――まあ……嫌いじゃないが。
 ――それ、好きって意味だよね?
 斎藤さんはそっぽを向いて、あたしと目を合わせてくれなかった。騒ぐのが好きなみんなにからかわれて、ふてくされた顔になっていたけれど、今日はちゃんと迎えに来てくれた。