アタシは身動きが取れなかった。
「沖田さんと、戦うの……?」
 サムライと黒猫と刀が混じり合った姿の、妖としか呼びようのないものが、また吠えた。噴き上がる気迫が衝撃波を生む。アタシの全身に、ピシピシと小さな傷が走った。
 シャリンさんが呆然とつぶやく。
「嘘でしょ。最悪……」
 頭が追い付かない。理解できない。わかりたくない。これから何が起こるのかなんて。
 ラフ先生が叫んだ。
「ストップ! ちょっと待て、とにかく止まれ!」
 朝綺先生がポーズボタンを押したんだと思う。情景が静止した。BGMが消えた。あたしは、自分がゲームの中にいることを思い出した。肩で息をしている。
 ニコルさんの声がスピーカから聞こえた。
「そうだね。残り時間も少なくなってるし、今日はここで止めよう。明日のログインで、この続きを……」
「イヤです」
 拒絶したのは、あたしだ。
 聞きたくなかった。怖くて、悲しくて、苦しくて、声が震えた。
 ディスプレイの中で静止している沖田さんの顔は、憎悪に歪んでいて、見たこともない顔をしていて、恐ろしくて、それでもその絵はゾッとするほどキレイだった。目をそらせなかった。
 戦いたくない。倒したくない。
「あたしは、イヤです……」
 朝綺先生が沈んだ声で告げた。
「とりあえず、ここでセーヴする。今日はログアウトしよう。つらけりゃ、沖田戦は見なくていい。ただ、テスターの規約上、バトル後には合流してもらいたい。そのへんが妥協ラインだ。じゃあ、明日も午後八時で」
 機械的に言い渡して、朝綺先生はログアウトした。ラフ先生のアバターがフィールドから消える。ニコルさんも、続いてログアウトした。緑色のローブの魔法使いが姿を消す。
「ミユメ、聞こえる?」
 シャリンさんがあたしに呼びかけた。あたしはうなずいて、それだけじゃ返事になっていないことに気付いて、声を上げた。
「聞こえています」
「無理しないで。でも、できれば来て。ワタシも押しつぶされそう」
「シャリンさん……」
「大人のくせに感情移入しすぎてバカみたいって思われるかもしれないけど、悲しくて仕方ないの。沖田と戦いたくない。それ以上に、斎藤を戦わせたくない。アイツ、背負いすぎだって思わない? アイツを見てると、本当につらい」
 シャリンさんの繊細な言葉に、あたしはもう、涙を抑えておけなくなった。
「明日……インできれば、します……」
 それだけ言うのが精いっぱいで、あたしはログアウトした。