「近藤さんが死んだ」
 沈黙。
 空白。
 斎藤さんの言葉が、アタシには理解できなくて。
 コンドウサンガシンダ。
 沖田さんが、だらりと腕を落とした。斎藤さんが後ずさる。疲れ切ったような斎藤さんの横顔に、その見開かれた目に、涙が光っている。
 誰も何も言わない中、斎藤さんの唇が動いた。
「甲州から退却した後、新政府軍に情報が洩れた。甲陽鎮撫隊は新撰組かもしれない、と。指揮官は出頭せよと命令が来て、近藤さんは一人で、板橋にある新政府軍基地へ出向いた。偽名を使っていた。うまくすれば、別人だと言い張れた。でも、身元がバレた」
「なぜバレたんですか……?」
 アタシは呆然と尋ねた。だって、写真のないこの時代の検問では、指名手配されてもシラを切れる。そんなふうにラフ先生と話したことがあった。偽名を使うという単純な嘘でも、効果は十分だったはずだ。
 斎藤さんはアタシの疑問に答えた。
「新政府軍に、近藤さんの顔を知ってるヤツがいた。新撰組の元隊士だ。伊東さんの一派だったヤツが、新政府軍に流れてた。伊東さんや藤堂さんの仇討のために、それまで敵対していた新政府軍に自分の身を売ったヤツがいたんだ」
「あ……そんなことって……」
 沖田さんが斎藤さんをにらんだ。静かな声が怒りに震えている。
「板橋って言ったね。近藤さんは今、板橋にいるの? 死んだって、嘘だよね?」
 斎藤さんは激しく首を左右に振った。子どもっぽいくらいの仕草だった。ギュッとしかめた顔は、ほとんど泣き出しそうだった。
「嘘じゃない。本当だ。近藤さんは死んだ。罪人として首をはねられて、死んだ」
 沖田さんの髪がザワリと逆立った。縦長の猫の瞳が糸のように細くなる。歪められた口から、とがった大きな牙がのぞいた。
「罪人として、首を? ボクたちの新撰組局長、近藤勇が、罪人?」
「オレがこの目で見てきた。シャリンとニコルと一緒に、見てきた。近藤さんを救いたくて板橋へ行って。でも、ダメだった。死なせてしまった」
 スラリ、と音がした。刀が鞘から引き抜かれる音だ。
 白刃が光った。沖田さんの手に、抜き放たれた刀がある。その切っ先は、斎藤さんの眉間に触れている。
「キミは知ってて、止めなかった。新撰組が捨てゴマとして使われていると、知ってたくせに、黙っていたんだな?」
 斎藤さんが沖田さんを見た。血が一筋、つっと流れ出す。斎藤さんは、静かで透明な表情をしていた。
「知っていた。大きな悲劇の予感だけを抱えながら、時司として繰り返し生きて、何度も後ろめたい生き方をして。甲州で負けた後、もう耐えきれなくなった。近藤さんと土方さんに、勝のことを話した。なのに、近藤さんは、自ら判断して板橋へ行ってしまった」
 沖田さんの両眼が赤黒い光に染まっていく。その顔には微笑みの影もない。敵を斬りながら浮かべていた笑みすらない。
 赤黒い光は、狂気的な憎悪だ。
「どうしてだよ。何で守れないんだよ。このチカラがあるのに、ボクは……何で、みんな奪われてしまうんだっ!」
 沖田さんは環断《わだち》を地面に投げ付けた。斎藤さんの顔に浅い傷が走る。
 絶叫。あるいは咆哮。沖田さんが吠えた。
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 紋様が燃え立った。赤黒く揺らめく輝きが沖田さんの全身に広がっていく。
 何、これ? どういうこと?
 沖田さんの右手が変化する。五本の指が一つになって、細く長く伸びて、銀色にきらめいて、刀になった。
 黒猫の耳と尻尾と牙と、赤黒くらんらんと光る目。
 獣の咆哮が響き渡った。それはもう、沖田さんの悲痛な絶叫ではなかった。
 パラメータボックスが騒ぎ出す。
 WARNING!!
 敵襲を告げる赤い文字。ボス戦用のバトルモードへと、操作画面の仕様が切り替わる。