江戸の町は、勝海舟と西郷隆盛の会談によって、戦火を免れた。でも、やっぱり完全に平穏というわけじゃない。新政府軍は、旧幕府軍の残党を取り締まっている。もちろん新撰組も狙われていた。
アタシたちは新政府軍を避けながら先を急いだ。途中でときどき町の人の噂話を聞いて、情報を仕入れる。
ある男が言った。
「板橋ってぇ町に、新政府軍の基地があるんでさあ。処刑場が作られて、罪人の首をはねるのが見世物になってやがる。にぎわってるみたいですぜ」
ラフ先生が、ただならぬ反応をした。慌てて男に詰め寄って、舌の回転が間に合っていない。
「い、板橋? おい、オマエ、今日の日付わかるか?」
男はのんびり答えた。
「えーっと、四月の、何日だったかなぁ? とにかく四月に入りやしたよ、旦那」
「四月、慶応四年の四月か」
「へい、さようです、旦那」
ラフ先生は呆然としたように表情を消した。うめいて、ため息をついて、つぶやいた。
「……史実なら、沖田は知らずに済んだのに、ここではそういう流れになるのか」
沖田さんがラフ先生の肩を叩いた。
「どうしたの? とにかく、先に進もうよ。日光街道沿いに進めば、板橋を通らずに流山へ行ける。新政府軍の基地を迂回できるんだよ」
「いや、あのさ……このフラグの立ち方は、すげぇイヤだ。怖いよ」
「板橋に何かあるんですか?」
「……言えねえ。ストーリー、進めるしかねぇよな。沖田の言うとおり、とりあえず板橋を迂回しよう」
沖田さんを先頭に、新政府軍が駐屯していそうな宿場町を避けつつ、流山を目指す。
駆け足の沖田さんの後ろ姿に、二股の黒い尻尾が揺れている。アタシが速度を上げても追い付けず、沖田さんが振り返らないから表情もわからない。
焦っているんだろうか。
早く早く、仲間のもとへ。その儚い命がついえる前に。
アタシは知っている。日本はまもなく明治時代に入る。政治にも社会制度にも改革が起こって、新撰組のような武士はこの世から消える。
じゃあ、新撰組は最後の武士なんだ。
滅びてしまうんだ。
この先、どんなふうに戦っても、どれだけ一生懸命になっても、誠心誠意を貫いても、新撰組は滅びて消えてしまうんだ。
アタシは、思わず叫んだ。
「お願い、待って! 沖田さん、待ってください!」
沖田さんが立ち止まる。ラフ先生も足を止めて振り返った。
「どうしたの、ミユメ?」
いきなり悲しくなってしまったのだということを、どうすればうまく伝えらえるだろう? 時間を進めてしまうのが怖い。この残酷なストーリーの先にあるものを知るのが怖い。
アタシは気付けば口走っていた。
「逃げましょう。もうイヤです。沖田さんに戦ってほしくないし、新撰組の時間が終わるのがイヤです」
沖田さんがアタシのほうへ手を伸ばした。その手がアタシの頬を包んだ。
現実のアタシは、自分で自分の頬に触れてみた。違う。沖田さんの手はもっと大きくて、もっと骨ばった形をしている。
優しい仕草と裏腹に、沖田さんの言葉はこわばっていて厳しかった。
「先に進むよ、ミユメ。人生の大半の時間を使い切った今のボクにあるのは、最期の戦いに身を捧げたいっていう思いだけだ。キミも一緒に来て、一緒に戦ってよ」
沖田さんの手が、アタシの頬から離れて、アタシの手を握った。沖田さんに引っ張られて、アタシの足が再び動き出す。
アタシたちは新政府軍を避けながら先を急いだ。途中でときどき町の人の噂話を聞いて、情報を仕入れる。
ある男が言った。
「板橋ってぇ町に、新政府軍の基地があるんでさあ。処刑場が作られて、罪人の首をはねるのが見世物になってやがる。にぎわってるみたいですぜ」
ラフ先生が、ただならぬ反応をした。慌てて男に詰め寄って、舌の回転が間に合っていない。
「い、板橋? おい、オマエ、今日の日付わかるか?」
男はのんびり答えた。
「えーっと、四月の、何日だったかなぁ? とにかく四月に入りやしたよ、旦那」
「四月、慶応四年の四月か」
「へい、さようです、旦那」
ラフ先生は呆然としたように表情を消した。うめいて、ため息をついて、つぶやいた。
「……史実なら、沖田は知らずに済んだのに、ここではそういう流れになるのか」
沖田さんがラフ先生の肩を叩いた。
「どうしたの? とにかく、先に進もうよ。日光街道沿いに進めば、板橋を通らずに流山へ行ける。新政府軍の基地を迂回できるんだよ」
「いや、あのさ……このフラグの立ち方は、すげぇイヤだ。怖いよ」
「板橋に何かあるんですか?」
「……言えねえ。ストーリー、進めるしかねぇよな。沖田の言うとおり、とりあえず板橋を迂回しよう」
沖田さんを先頭に、新政府軍が駐屯していそうな宿場町を避けつつ、流山を目指す。
駆け足の沖田さんの後ろ姿に、二股の黒い尻尾が揺れている。アタシが速度を上げても追い付けず、沖田さんが振り返らないから表情もわからない。
焦っているんだろうか。
早く早く、仲間のもとへ。その儚い命がついえる前に。
アタシは知っている。日本はまもなく明治時代に入る。政治にも社会制度にも改革が起こって、新撰組のような武士はこの世から消える。
じゃあ、新撰組は最後の武士なんだ。
滅びてしまうんだ。
この先、どんなふうに戦っても、どれだけ一生懸命になっても、誠心誠意を貫いても、新撰組は滅びて消えてしまうんだ。
アタシは、思わず叫んだ。
「お願い、待って! 沖田さん、待ってください!」
沖田さんが立ち止まる。ラフ先生も足を止めて振り返った。
「どうしたの、ミユメ?」
いきなり悲しくなってしまったのだということを、どうすればうまく伝えらえるだろう? 時間を進めてしまうのが怖い。この残酷なストーリーの先にあるものを知るのが怖い。
アタシは気付けば口走っていた。
「逃げましょう。もうイヤです。沖田さんに戦ってほしくないし、新撰組の時間が終わるのがイヤです」
沖田さんがアタシのほうへ手を伸ばした。その手がアタシの頬を包んだ。
現実のアタシは、自分で自分の頬に触れてみた。違う。沖田さんの手はもっと大きくて、もっと骨ばった形をしている。
優しい仕草と裏腹に、沖田さんの言葉はこわばっていて厳しかった。
「先に進むよ、ミユメ。人生の大半の時間を使い切った今のボクにあるのは、最期の戦いに身を捧げたいっていう思いだけだ。キミも一緒に来て、一緒に戦ってよ」
沖田さんの手が、アタシの頬から離れて、アタシの手を握った。沖田さんに引っ張られて、アタシの足が再び動き出す。