エレベータ内のナースコールで連絡して、二分後に介助士の界人さんが車いすを持って、屋上に来てくれた。
 壮悟くんは、界人さんの肩を借りて車いすに移った。苦しげな息をしながら目を閉じる。界人さんは壮悟くんの額と首筋に触れた。
「熱が上がったみたいだね。つらいだろう? 車いすの背もたれを倒そうか。ストレッチャーに変形できるタイプを持ってきて正解だった」
 言いながら、界人さんは車いすの形状を整える。壮悟くんは長い息をつくと、ストレッチャーに体を預けて、気を失うように眠ってしまった。
 界人さんは、慣れた手つきで、壮悟くんの体に薄い毛布を掛け、手袋をして嘔吐物の処理と消毒をした。あたしは突っ立っていることしかできなかった。一連の作業を終えると、界人さんは、メガネの奥の目を優しく微笑ませた。
「さて。優歌ちゃん、彼の病室に案内してもらえる?」
「はい。界人さん、お仕事中だったんじゃないですか?」
「これも仕事のうちだよ。一般病棟や研究棟でヘルパーとして働いているんだけど、看護師さんの使いっ走りも引き受けたりしててね。移乗が必要な場面は、女性スタッフが出るより、ぼくが行くほうがいいだろう?」
「そうですね」
「今は、朝綺のリハビリの付き添い中だった。たまたまナースステーションのそばを通ったら、優歌ちゃんからのヘルプが入ったって話が聞こえてきて、朝綺が顔色を変えて」
「それで界人さんが来てくださったんですね」
「うん。倒れたのが壮悟くんだってわかったら、今すぐおまえが行けって、朝綺がぼくに命令してさ。朝綺とは大学時代からの付き合いだから、お互い遠慮がないんだ」
 移動する間、界人さんは話を続けてくれた。あたしが落ち込んでいるように見えたんだと思う。
 壮悟くんの病室に着いたら、朝綺先生と麗先生がいた。界人さんが壮悟くんを抱えてベッドに移す。界人は眉を曇らせた
「身長の割に軽いね。やせて、筋肉も落ちてる」
 朝綺先生が少しひそめた声で言う。
「もともとインドア少年みたいだけどな。シナリオ以外にも実績あったよ。童話を何冊か出版してる。子ども離れした、真に迫った内容だったよ。たいした観察眼だ」
 麗先生が手際よく壮悟くんの処置をした。手首にセンサを貼り付けたり、熱や血圧を測定したり。あたしが麗先生の手元を見つめていたら、麗先生は淡々と説明した。
「壮悟の主治医、今は一般診療中なの。わたしは医者というより研究者なんだけど、これくらいの処置はできるから。吐いたせいで脱水症状を起こしかけてるみたい。点滴をしたほうがいいわね」