小児病棟の屋上で、ブランコに腰掛けて、同じ高さにある空を見ている。
 パラパラした小雨が降っている。午後三時の屋上は少し暗い。ガラスドームにぶつかってつぶれる雨粒が、ぷつぷつといくつも重なって、やがて細い筋になって流れていく。
「LA LA love-me...」
 書きかけの唄を口ずさむ。
 メロディはほとんどできている。詞がつながらない。
 書きたい情景がある。表現したい心がある。解きたい謎がある。
「誠心誠意まっすぐに、か」
 それは作り物の世界だ。彼らはオンラインゲームの登場人物に過ぎない。ネットを切断すれば、一瞬で消える幻なんだ。
 だけど、確かにあたしは彼らと出会っている。一緒に戦って、同じ痛みに涙している。力を合わせてもどうしようもない残酷な運命に翻弄されている。
 どうして? もう何回、その問いを繰り返しているだろう?
 山南さんも藤堂さんも源さんも死んだ。沖田さんの病気にも奇跡が起こらない。斎藤さんは疲れ果てて、苦しそうだった。近藤さんも土方さんも、わかっているはずなのに、絶望的な戦いへと、まだ進もうとしている。
 どうして彼らはあんな生き方をしてしまったんだろう?
 遠い年月をへだてた未来のあたしには、彼らの生きた時代の熱を直接知るすべはない。あたしが見ている彼らは、本物ではなく、一人の少年を通して思い描かれた架空の幕末だ。
 壮悟くん。きみはどうして、あんな絶望を描くのですか?
 自由自在に運命を創造できる世界であるはずだ。どんな悲劇だって、作者である壮悟くんは、救いのストーリーへと導けるのに。
 あと少しで誠狼異聞をクリアしてしまう。どんな形の結末なのか、早く知りたい。でも、知るのが怖い。
 背後でカチッと小さな音がした。扉のロックが解除される音だ。続いて、プシュッと扉がスライドする音。
 誰だろう?
 振り返って、息を呑む。ニット帽とストリート系のTシャツ、イージーパンツ。ふてくされたような顔の壮悟くんがいた。
 あたしは平坦な声で言った
「こんにちは」
 壮悟くんは黙ってこっちへ来た。あたしの隣のブランコに腰掛ける。背が高くて脚が長いから、低いブランコは窮屈そうだ。
 無言。
 壮悟くんの横顔を、横目で見る。額から鼻にかけてのラインがやっぱりキレイだ。長いまつげとやせて青白い頬に、沖田さんの面影を見た。壮悟くんの唇のふっくらした形は、藤堂さんのそれがよく似ていた。
「……何ジロジロ見てんだよ?」
 壮悟くんは小雨の空をにらんで言った。あたしも視線をまっすぐ前に向ける。
「わからない人だな、と思って」
「わかってもらわなくていい」
 嘘だなって感じた。わかってもらいたくない人は、書かないはずだ。自分の想いを知ってほしいから物語を書く。