力場が掻き消える。涸れ井戸のある空き地の情景が戻ってきた。遠くから新政府軍の声が聞こえる。
「あんまりゆっくりしていられませんね。早く大坂へ向かわないと」
 沖田さんが少し咳き込んだ。顔をしかめて、アタシに尋ねる。
「大坂? みんなは大坂にいるの?」
 ラフ先生がマップを展開した。京から大阪へ抜ける道を赤く表示させる。
「ほかの連中は伏見だ。負傷してる近藤は、先に大坂に向かってるが」
 ラフ先生が駆け足で移動を始める。アタシと沖田さんも、ラフ先生に並んだ。沖田さんが険しい顔をしている。
「情勢はどうなってるの? みんなは、どうして伏見に?」
 ラフ先生が答えようとした、そのとき。
「あら、沖田センセや。お久しゅう」
 十歳くらいの女の子が沖田さんを呼び止めた。
 沖田さんが、途端に笑顔になった。
「キミ、屯所の近くの。大きくなったね」
「へえ。覚えとってくれはったんどすなぁ。ほんま、あのころは、よぉ遊んでもろて。今考えたら、恐れ多いことや」
「京もずっと物騒だったから、心配してたよ。みんなは元気にしてるのかな?」
 女の子の顔が曇った。
「元気してはる子ぉもおります。そうでない子ぉもおります。それは新撰組の皆さまかて、同じどっしゃろ?」
「まあね」
「沖田センセも、お胸の病が悪ぅなってはるんと違います? えらい、おやせにならはりました」
「ボクは平気。まだ戦える」
 女の子は泣きそうな顔になった。
「ほんなら、沖田センセも伏見に行かはるんどすか? 年が明けたら伏見で大きな戦があるいう噂で、京じゅう持ち切りどすえ。戦のための準備で、火薬やら銃やら。飛ぶように、ぎょうさん売れてます」
 沖田さんがサッと顔色を変えた。
「ボクも行かないとね」
 女の子が沖田さんの着物の胸にすがった。うるんだ両目から、ホロリと、透明な涙がこぼれ落ちた。
「イヤどす。沖田センセ、行かんといて。病気やのに、戦やなんて。無茶しはったら、死んでしまう」
 沖田さんは、女の子の手をそっと握った。自分の着物から、その手を優しく遠ざける。
「新撰組のために泣いちゃダメだよ。京には、新政府軍がたくさん入っている。新撰組の味方だと思われたら、キミの身が危ない。ボクのことは忘れて。戦が落ち着いたら、いつか会いに来るから」
 女の子が両手で泣き顔を覆った。その姿はとても大人びていて、きっとこの子は沖田さんに恋をしているんだと、アタシはそう思った。
 沖田さんは女の子の頭を撫でた。
「じゃあ、さよなら。一緒に遊べて楽しかったよ。道に迷わないように、気を付けて行くね」
 沖田さんはアタシとラフ先生に、行こう、と言った。歩き出しながら口ずさむ。
「まるたけえびすに
 おしおいけ
 あねさんろっかく
 たこにしき
 しあやぶったか
 まつまんごじょう」
 壬生《みぶ》の屯所で、子どもたちと歌っていた唄だ。