沖田さんが低い体勢のまま、目つきを鋭くした。
「無粋だね。女の子と話してるところを邪魔するなんて」
 ラフ先生が双剣を抜き放った。
「この間、近藤を狙撃したのと同じヤツかな。沖田、戦える体調なのか?」
「一分くらいで片付くならね」
「そこまでぬるい相手じゃねぇだろ」
「だったら、ヤミのチカラを借りるよ」
 沖田さんの右手の円環の紋様は、ほとんどつながりそうになっている。ヤミを体内に取り込むたびに、円環が完成に近付いているんだ。
 それは不気味な予兆だった。赤黒く完成した円環を持っていても、山南さんは理性を保っていた。でも、今までに例外だったのは山南さんだけ。アタシたちの前に立ちはだかる敵はみんな、理性がブラックアウトした妖に堕ちている。
 アタシは、沖田さんをバトルから外せないか、試してみた。でも、ダメだ。コマンドを受け付けてくれない。
 史実では沖田さんは戦闘に復帰できなかったと、さっきラフ先生は言った。なのに、このストーリーでは、まだ戦うんだ。本当は動かない体を、強引に動かして。
 力場に、人影が三つ現れた。それぞれ、長い銃を手にしている。
 ラフ先生が、かすれた口笛を吹いた。
「スペンサー銃じゃん。元込め式で連射が利いて発射の反動が小さくて、しかもデカすぎないから、日本人の体格でも扱いやすい。申し分のない銃だ。だいぶ高価なはずだぜ」
 銃を持った三人が、ニタリと笑った。その体が赤黒く、妖しく輝き出す。妖気の中で三人の体の輪郭が溶けた。ぐにゃぐにゃしながら融合して巨大化する。
「阿修羅《あしゅら》みたいですね」
 顔が三面、腕が三対、胸から下は筋骨隆々とした一人ぶん。おなかに円環の紋様がある。三対の腕は、巨大化したスペンサー銃をそれぞれ構えている。
 沖田さんがヤミを抱き上げた。
「じゃあ、こっちも本気出そうか」
 沖田さんがヤミを抱きしめた。ヤミの体が、ずるりと、沖田さんの中へ溶け込む。
 黒猫の耳、二股の黒い尻尾、金色の目、とがった小さな牙。沖田さんが笑った。腰に差した環断《わだち》を抜き放つ。
 阿修羅のような妖の銃士が吠えた。人間の言葉ではなかった。
 バトル開始のカウントダウンが切られる。
 3・2・1・Fight!
「戦唄―バトルソング―!」
 バトル開始と同時に唄を発動する。続けざまに、魔法の詠唱。
「水衣―セーフティローブ―!」
 味方全員の防御力アップ。補助魔法の詠唱時間は短い。それをさらにショートカットしたヴァージョンで、アタシは瞬間的に三十個の矢印をコマンドする。
「多重―リピート―!」
「激励―チアアップ―!」
 ラフ先生と沖田さんの攻撃力を上げる。そのタイミングで、ラフ先生も沖田さんもスキルを完成させた。
“chill out”
“三煖華―サンダンカ―”
 横なぎの双剣と、三段突きの刀。
 妖銃士の二対の腕が銃を振り回して防ぐ。もう一対の腕は、ラフ先生に銃の狙いを定めた。
「させません! 氷槍―アイスランス―!」
 アタシの魔法が銃撃を阻む。
 ラフ先生が双剣を地面に突き立てた。逆上がりするように、両脚を蹴り上げて。
“y’all”
 妖銃士の頭にヒット。ラフ先生はさらに両脚を振り下ろす。
“bugging”
 妖銃士の一面が脳しんとうを起こした。ラフ先生は容赦なく双剣で追撃する。
 沖田さんの動きが異様に速い。黒い妖気をまとっている。黒い残像が見える。いちばん得意な三段突きが冴える。
“三煖華―サンダンカ―”
 妖銃士がひるむ。隙ができたところへ、鋭く薙ぎ払う一閃。
“単焔薙―タンエンテイ―”
 妖銃士に深いダメージが入る。
 前衛で攻撃する二人は、相対する妖銃士の顔と腕を完全に封じている。もう一つの顔と腕が焦っている。仲間である自分を救おうと、銃を構える。
 ラフ先生が指示を飛ばした。
「ミユメ、今回、援護はいらねえ! その余ってて暇そうな顔、相手してやれ!」
「わかりました! 詠唱完了です! 凍刃―フローズンブレード―!」
 青白くきらめく刃が妖銃士へと飛ぶ。クリティカルヒットが決まった。
 ラフ先生の双剣は豪快なスキルばかりで、破壊力バツグンだけど、発動に時間がかかる。それだけだと、コンボが途切れて隙ができる。だから、サブスキルの足技を組み合わせて、隙を埋める。
 沖田さんたち新撰組の剣技も、それに似ている。刀一本で戦うんじゃなくて、敵を倒せるなら何でもやる。道場での試合より、実戦の斬り合いのほうが圧倒的に強い。土埃を蹴り上げて目つぶしをしたり、肘打ちに体当たり、急所蹴り。
 アタシたち三人は、一瞬も手加減しなかった。競い合うみたいにスキルをぶつけ続ける。妖銃士のヒットポイントは気持ちよく減っていった。
 幕切れはあっけない。
 妖銃士が青い光になって消滅した。
「ざまぁ見やがれ」
 ラフ先生が双剣を掲げて笑う。
 沖田さんが刀を収めると、ヤミがピョンと沖田さんの体から離れた。