季節が巡るたびに、沖田さんの病状は悪化していった。
 池田屋事件から三年半がたったころには、沖田さんは完全に療養生活に入っていた。屯所を離れて、近藤さんの知人の家で、一日の大半を横になって過ごしている。
 アタシはラフ先生に尋ねた。
「沖田さんの結核、どうしようもないんですね?」
「史実に従ってるなら、もう戦闘には復帰できねぇよ」
 そのとき、家の主である女性が部屋にやって来た。
「ミユメさま、ラフさま。お客さまどすぇ」
 女主人の後ろに立っていたのは、斎藤さんだった。
「沖田さんの様子を見に来た。眠ってるのか?」
「今日は目を覚ましてくれません」
 斎藤さんは沖田さんの枕元にひざまずいた。沖田さんの顔にかかる髪を、そっと払う。
「ミユメ、ラフ。頼みがある。沖田さんを大坂の港へ連れてきてほしい」
「大坂の港へ? どうしてですか?」
「江戸へ渡る船が、大坂に停泊している。新撰組は近々、江戸へ引き上げることになった。もちろん沖田さんも一緒にだ」
「京の守りは、もういいんですか?」
「とっくにお払い箱だ。知ってるだろう? 徳川幕府は二ヶ月前、政権を返上した。幕府はすでに倒れたんだ。オレたちの後ろ盾はなくなってしまった」
 教科書では、大政奉還というキーワードで書かれているできごとだ。
 徳川幕府の最後の将軍、徳川慶喜《とくがわ・よしのぶ》は、政権を天皇に返上した。二百七十年近く続いた江戸時代が、ここに終わった。
 幕府の代わりに新たに誕生した政治機関は、明治政府。天皇を頂点とする、倒幕派だった人々による国づくりがスタートした。
 京の町はもう、新撰組の敵だらけだ。池田屋事件や禁門の変のころは味方だった勢力も、だんだんと徳川幕府を見限ってしまったから、今では新撰組に敵対している。
 斎藤さんは、ポツリと言った。
「戦わないといけない」
「どうしてですか? 倒幕派の手から幕府を守るという役目は、終わったんですよ。それなのに、何のために戦うんですか?」
「会津の殿さまのためだ。将軍が戦うと言うから、会津の殿さまは将軍を守るために戦うと表明している。だったら、会津の殿さまの刀であるおれたちだって、後には退けない」
 ラフ先生が遠慮のない言葉を放った。
「負けるぜ。新政府軍の新型兵器には勝てねえ。斎藤、オマエや土方はわかってんだろ?」
 斎藤さんはうなずいた。
「外国を打ち払おうという古い考えを先に捨てて、外国の新型兵器を買い揃えたほうが勝つ。これは、そういう戦だ。オレたちは遅かった。人数だけは新政府軍よりも多い。でも、軍備は明らかにあっちが上だ」
「不利だとわかってても、戦場に行くのか? オマエ、今回ばかりはさすがに勘付いてるだろ。新撰組は、年明けの鳥羽伏見《とばふしみ》の戦で負ける。ケガするヤツばかりじゃない。死ぬヤツも出る」
 斎藤さんはかすかに首をかしげた。
「新政府軍は、新撰組を目の敵にしている。おれたちは連中の仲間を殺しすぎた。今さら連中に頭を下げて、どうにかなると思うか? 下げた頭を胴体から斬り離されるのがオチだ」
 誠心誠意まっすぐに生きる。命を懸けているからこそ、引き返せない。それが新撰組の生き方。
「斎藤さん」
 呼びかけたアタシの声は歪んだ。ミユメの顔も歪んでいる。現実のアタシが泣いているせいで、表情筋を連動させたアバターまで、同じ泣き顔をしている。
「何だ、ミユメ?」
「斎藤さんは死にませんよね?」
「……わからない」
 ただのゲームなのに。二百年近く前のできごとを描いたフィクションなのに。同じ時を生きている仲間ではないのに。
 アタシには、彼らの生きざまがつらい。生きてほしくて、願ってしまう。
 斎藤さんが少し目を泳がせた。よそを向いたまま、そっと左手を挙げる。斎藤さんの左手が、アタシの頭に載せられた。髪を優しく撫でられる。
「大坂の港で会おう」
 斎藤さんは、そして部屋を出て行った。
 ラフ先生がアタシの肩を叩いた。
「心配するな。斎藤一って男はしぶといからさ」
「はい。でも、不安で……だって、近藤さんはケガをして動けないし。それに、藤堂さん、亡くなったし」