沖田さんが一歩、踏み出した。
「山南さん、笑ってないで。説明してよ。伊東さんのことは、ボクも苦手だよ。あの人は、何だかよくわからない。ボクたちとは違うものを見てる」
「しかし、近藤さんはあの人と同じものを見ている。少なくとも、見ようとしている。新撰組は大きく変わりつつあると、ワタシはそう感じるんだ。古いワタシがいつまでも根を張るのは、ふさわしくないのではないかと」
 沖田さんの足は、踏み出した形のままで止まってしまった。おびえるようにこわばった目で、山南さんをじっと見つめている。
 山南さんはこっちへ来てくれない。穏やかな、あきらめたような顔をして、思い出話をする口調で話を続ける。
「ワタシは、近藤さんの人柄が変わったとは思わない。土方さんの判断力も、斎藤くんの冷静さも、源さんの気配りも、藤堂くんの純粋さも、総司の一途な強さも、そしてワタシの士道も、変わってはいない。しかし、新撰組は変わった。日々、変化しつつある」
 一人一人の生きざまは変わらずに、全員が一つになったときの形が変わった。
 わかる気がする。
 変化ではなく、成長が起こったことで。変化ではなく、出会いを経たことで。変化ではなく、一歩を踏み出すことで。今まで存在しなかった感情が、人と人との間に生まれる。
 その感情がプラスのものだとは限らない。
 アタシは声を上げた。
「そんなふうにいろいろ考えているのなら、山南さん、アナタはきちんと話をすべきです。屯所に戻ってください。近藤さんや土方さんと話をしてください」
 山南さんはアタシに笑いかけた。
「心配してくれてありがとう。すでに何度も、彼らとじっくり話し合おうと思ったよ。ずいぶん悩んだ。しかし、無駄だという結論を出した」
「無駄? どうしてですか?」
「話しても同じだ。堂々巡りになる。なぜなら、誰も間違ってはいないからだ。誰ひとりとして、曲がってもいない。全員が決して譲れないものを持って、まっすぐに生きている。歪めることは許されない」
 まっすぐで、譲れなくて。だから、一度、別々の方向へ走り出してしまったら、もう同じ場所には戻れない。
 沖田さんが、こぶしをギュッと握った。
「イヤだ。山南さん、どこにも行かないで。屯所に帰ろうよ。ボクは、こんなのはイヤだ。バラバラになるなんて、こんな……」
「総司」
 強く怒鳴ったわけではない。でも、キッパリと厳しく、たしなめる口調だった。沖田さんは息を呑んで口を閉ざした。
 ザァッと風が吹いた。
 キレイに結われた山南さんの髪が、風に誘われて、音もなくほどけた。風の中にひるがえる黒髪が、徐々に白く燃え立ち始める。
 パラメータボックスが騒ぎ出した。
 WARNING!!
 バトルに備えなさい、という警告。
 山南さんが、えり元をはだけた。右の鎖骨の下に、赤黒く輝く円環の紋様がある。
「やっぱり戦うんですね……」
 山南さんの背後に、純白が広がった。大きな二対の翼だ。袴《はかま》からのぞく足が、鳥のそれに変化する。ぶわりと、翼が空気を打った。山南さんの体が宙に浮かぶ。静かで理知的な目が、アタシたちを見渡した。
「己の信ずるがままに、まっすぐに生きる。それが新撰組の士道だ。士道に背けば、死あるのみ。己を曲げたその瞬間に、ワタシたちは生きることを許されなくなる」
 厳しすぎる。そんな生き方は苦しすぎる。
「引き返しても、曲げても、いいじゃないですか!」
 山南さんはかぶりを振った。妖の姿になっても、穏やかな口調は変わらない。
「引き返すことも曲げることもできない。新撰組は、人の命を奪いすぎている。誠心誠意まっすぐに生きなければ、奪った命に示しがつかない」
 沖田さんは立ち尽くしていた。呆然と山南さんを見上げるばかりだ。ヤミが沖田さんの足を引っ掻く。沖田さんは身じろぎもしない。
 山南さんが両腕を広げた。
「おしゃべりはここまでだ。さあ、ワタシを止めてくれ。生き方を変えられず、新撰組を去るしかない。そんなワタシの末路は一つきりだ。この身を滅ぼすよりほかにない」
 待って、と言いたかった。山南さんはもう待ってくれなかった。バトル開始の、無情なカウントダウンが点滅する。
 3・2・1・Fight!