アタシたちは土方さんの部屋を出た。庭からは、相変わらず稽古の声が聞こえてくる。昼でも薄暗い廊下で、斎藤さんが足を止めた。
「少しいいか? 沖田さん、この刀を受け取ってくれ」
 斎藤さんは、右腰に提げた刀を鞘ごと抜いて、沖田さんに差し出した。
「この刀は?」
「環断《わだち》、とオレは呼んでいる。円環の紋様を断ち切る、異形の刀だ」
 沖田さんは環断を手に取った。鯉口を切って、刃をのぞかせる。刀身はおのずと青白く光った。
「いい刀だね」
「山南さんと戦うとき、役に立つはずだ。山南さんの円環は完成しているから」
 斎藤さんは、自分の左手の甲を指差した。複雑に描き込まれた青白い紋様は、欠けのない円環を形作っている。
 沖田さんは刀身を鞘に収めると、ニコリとえくぼを作ってみせた。
「ありがとう。使わせてもらうよ。じゃあ、ボクはちょっと支度をしてくる」
 沖田さんは自分の部屋のほうへ去ってしまった。アタシは追いかけようとしたのだけれど、ストーリーの進行上、それはできないみたい。
 斎藤さんの説明のターンが続いている。アタシたちは、斎藤さんを画面の真ん中に据えた会話のセッションの中にいる。
 沖田さんの後ろ姿を見送った斎藤さんは、ため息を一つついて、静かに告げた。
「前にも話したとおりだが、おさらいだ。魂と引き換えにチカラを得れば、人外の強さを手にできる。魂は今世の命が尽きた後、正しいあり方から外れ、二度と輪廻転生の環の中へは戻れない」
 ラフ先生が斎藤さんの左手の甲を指差した。
「その円環の紋様の意味は?」
「円環は、始まりも終わりもなく閉ざされている。コイツが完成すれば、魂は転生の機会を失う。閉ざされた円環は、妖の証だ」
「アンタの円環も完成してるじゃねぇか。沖田や化け物どもとは色が違うみてぇだが」
「オレは、妖とはまた別の存在だ。沖田さんのように、魂の契約をしてチカラを得たくちではない。生まれつきだ」
「生まれつき?」
「最初から円環を持つ存在として、ここにいる。斎藤一という今世を繰り返して、歪んだ円環を断ち切る役目を負っている」
 斎藤さんは、左手の甲に右手をかざした。円環の紋様が青く輝く。すんなりした形の右手が、招くような動きをした。
 突然、円環が揺らいだ。波紋が生まれる。まるで青い光の泉から飛び出してくるように、刀の柄が現れた。斎藤さんの手招きで、刀が全貌を現す。
 さっき沖田さんに渡したのと同じ刀だった。環断《わだち》という名の刀だ。妖の証である円環を断つための、特別な刀。
「斎藤さんは……何、なんですか?」
 上手に質問できないアタシに、斎藤さんは静かに答えた。
「時司《ときつかさ》。時間という大河の流れを見守る者だ。歴史の結末はいつも変わらないのだと、それを確かめるために、オレのような者は存在している。いわば、時代を見張る間者だ」
 ニコルさんが、あごをつまんで考えるそぶりをした。
「キミは、斎藤一という命を繰り返し生きている。ということは、すべて知ってるのかな? 新撰組の行く末や、日本の歴史の結果を」
 斎藤さんは、かぶりを振った。
「毎度、忘れている。結果を見た後に思い出す。ああ、確かにそんなふうに大河は流れるのだった、と」
「歴史を変えるチカラはない、ということ?」
「ない。変えたいと願って動いても、同じだ。結果を見て思い出す。やっぱり同じ結果だったと」
 アタシは斎藤さんの刀に触れた。
「じゃあ、この環断という刀の役割は? どうして山南さんとの戦いに役立つんですか?」
「完成した円環を断てば、魂を円環から解き放てる。魂の本来の形で、輪廻転生の流れに戻れるんだ。だから、山南さんの魂を救える」
 ラフ先生が頭を掻いた。
「ということは、沖田チームは山南と戦うことが前提ってわけか」
 斎藤さんは刀を腰に差した。
「戦わずに済めばいいが、胸騒ぎがする。山南さんの人柄を思えば、覚悟もなく脱走なんかするはずがないからな」